第3話 電車

 人が車両に詰まっている。ヘッドフォンから音が漏れる。間抜けな顔をした二十歳くらいの二人の男の話声。

 このような光景をこの先いつまで見るのだろう。

 こいつらを殺す光景が頭の中で膨れていく。体が動きそうになる。

 網棚に大きなピンク色のウサギが、片肘ついて寝そべっている。僕を見つめている。まばたきしている。

 僕の両ひざに小さな二人の女の子が一人ずつしがみついている。

 僕は吊革に掴まっている。車両の壁にポスターが貼ってある。成功する27の法則。27覚えて成功してください、記憶力いいですね。記憶してね。お願いします。そして死んでいってください。

 別のポスター。お金が欲しい人が多いんだね。夢ならばどんなによかったでしょう。本読んだって悪夢だよ。エロイムエッサイム。

 網棚の兎が真っ赤な小さな口でにっと笑った。

 僕は僕の乗っている電車を陸橋から見下ろしている。飛び込めば、僕はばらばらになる。木端微塵。

 急ブレーキがかかった。僕の体は大きく傾く。

 兎は転げ落ちそうになって手足を振り回す。僕の足に、しがみついている女の子は細い悲鳴をあげる。

 車内にさわさわと声が拡がる。「飛込みらしい」

 僕は舌打ちする。迷惑かけやがって。

 僕は木端微塵になり、そして舌打ちしている。

 空中に赤い飛沫が漂っている。

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