第4話 松林
夕焼け。松林。
僕は横にいる僕より大きな熊のぬいぐるみを見上げている。熊の顔に夕陽。熊はずっと前を向いている。
突然、熊から声がした。「お前は松ぼっくりを食べるか」
「食べない」僕は答える。
「だからお前はだめなんだ」熊は不機嫌そうに、でも笑いを含んでいるようにも聞こえる声で言う。
幼い僕が、仰向けに蒲団の上に寝ている。僕と同じくらいの大きさの熊のぬいぐるみが横に寝ている。僕はそのぬいぐるみが大好きだった。いつも一緒だった気がする。その頃、熊といつも話をしていた。僕は熊から言葉を教わったと思う。
熊とはいつの間にか話をしなくなってしまった。
でも、今、話をしている。
「松ぼっくりっておいしいの」僕は尋ねる。
熊は黙っている。
幼い頃は、熊のほかに、蛙、犬、青いオタマジャクシ、ウサギに囲まれて寝ていた。
時々目が覚めると、ぬいぐるみたちが車座になってぼそぼそ話をしていたり、輪になって踊っていたりした。
そうだ、そんな頃があったんだ。
「ねえ、松ぼっくりっておいしいの?」もう一度僕は尋ねた。
熊は、ちらりと横目で僕を見て「食べてみりゃいいじゃないか」と言った。
「毒じゃないの?」
熊は黙っている。なんとなく、薄く笑っているように見える。
僕は足元を見回した。松ぼっくりは、いくつも落ちている。
僕は小さめの松ぼっくりを拾った。食べられるなかな?大丈夫かな?
ためらっていると、熊が言った。
「松ぼっくりを食べるとな、こうなるんだ」熊は口の中に松ぼっくりを押し込んだ。ごくりと音がした。熊の体が細かく震えだした。
「うーあーうーあー」熊が大きな声を出し始めた。
「大丈夫?」僕は熊の腕をつかんだ。
瞬間。熊は腕を振りほどいて、ものすごい勢いで原っぱに駆け出した。「うーあー」と声を出しながら。
熊の姿はあっという間に小さくなり、そしてまっすぐにすーっと空に浮かび上がり、どんどん昇って行って、見えなくなった。
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