シュークリームの季節

左部右人

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シュークリームの季節


                左部右人


 2014年8月、それはシュークリームの季節だった。僕は毎朝小麦粉に水を溶かして卵をかき混ぜ、シュークリームを焼き続けた。

 偶然的に膨らんだと言われる洋菓子を100%の確立で膨らませるために僕は生活を続けた。

「焼き色が悪い。」

「ぜんぜん膨らんでない。」

「形が悪い、もうちょっとがさがさしなきゃ。」

 お腹を温める妊婦のようにオーブンを温め、お乳を絞り出す母親のようにカスタードをシュークリームの中に入れた。子供を育てる母のような慈愛を持って僕はシュークリームを作り続ける。

「やあ、最近はどうしてるんだい?」

 時折僕は出来上がったシュークリームに声をかけた。勿論、僕の声を聞いてくれたのはただのシュークリームで、言葉なんてわかるはずもないし、僕の問いかけに気の利いた応答なんてしてくれるはずもない。僕の言葉はただ誰もいない厨房に虚しく響いた。

 シュークリームをどうやって美味しく作り、どうやって美味しく食べるか、シュークリームとどうやって付き合っていくかを考えて街を歩いていると、ふと思うことがある。例えば、コンビニ。コンビニには、何種類ものシュークリームが其々同じような姿形をして、無造作に並べてある。それを見て思うのだ。僕のシュークリームの方が美味しいぞ、と。僕がいかにシュークリームを作ることに誠心誠意を込めて生きているとは言っても、プロほどの手間暇をかけてシュークリームをプロデュースしているわけではない。しかしそれでも、僕の家のオーブンでぷっくらと焼かれたシュークリームを思うと、僕のシュークリームの方が美味しくてしっかりとした味があるに違いないと、胸を張って言える。

 まあつまりは、ある程度の自信を持ってしまうくらいには、僕はシュークリーム作りに邁進していたということだろう。

 シュークリームを作り続けて4か月が経った。僕は沢山の時間と手間暇をかけて小麦粉を練りオーブンを温めカスタードを注入した。僕の腕は確かに上がり、シュークリームは格段の美味しさを持っていた。しかし、小麦粉を練るときもオーブンを温めるときもカスタードを注入するときも、僕には終始ある違和感が付きまとうようになっていた。

 シュークリームが、僕に飽きてきたのではないかと。

 なにも、シュークリームが声に出して「あんたには飽き飽きよ」と明言しているわけではない。漠然と、ただ漠然と、僕がそう感じていたわけである。しかし、臆病な僕はその違和感を見ないふりをした。そうして、一心にシュークリームを焼き続けた。時間がたてば、この違和感もなくなるのではないかと、そう信じて。

 異変が起こったのは、それから一週間後のことだった。

 僕の下に、一人の少女が訪ねてきたのだ。

「ねえ、呼んだ?」

 ある晴れた日に、少女は僕の部屋の扉を開けた。何の前触れも、ノックさえなく、少女はゆっくりと、しかしどこか乱暴に、僕の部屋の扉を開けたのだ。

「嘘、あなたの声が聞こえたもの。」

「そんな、僕は今日までずっとシュークリームを作ってたんだぜ、たった一人で。」

「シュークリーム? ずっとそればかり食べていたの?」

「ああ。」

「身体に悪いよ、ねえ、苺持ってきたから、食べようよ。シュークリームなんかよりずっと甘くていいの。」

少女は頭に乗っけた真っ赤なベレー帽の中から、1パックの苺を取り出した。

「果物? もう、こりごりなんだよ。」

「どうして? とっても甘くて美味しいんだから。ほら。」

 少女は僕の口に苺を押し付けた。このまま吐き出すのも少女(と僕の家の床と歯についたカスタード)に悪いと思った僕は、とりあえず、苺を租借して、飲み込んだ。

「甘い。」

「でしょ。」

「美味しいよ。ありがとう。」

「シュークリームじゃ、味わえない甘さなの。」

「ああ、思い出したよ。」

「ねっ、さあ、行きましょう。」

 少女は僕の手を引いて、歩き出した。

 部屋の中から、焼き立てのシュークリームの香りがした。きっと、焼きあがったのだろう。

 きっと、あのオーブンよりも、この少女の手は、暖かい。

 2014年12月、ある晴れた日のことだった。


(了)

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シュークリームの季節 左部右人 @satorimigito

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