第2話
LI○Eの友達登録をしてからはメッセージがよく届く。斎藤も気が向いたら返していた。そのやり取りが違和感なく段々と楽しくなってきた頃には冬を迎えていた。
『最近寒いですね。お元気ですか? 風邪引いてないですか?』
『うん。キミは大丈夫?』
『大丈夫です、元気ですよ。それだけが取り柄なんです』
気が向いた時の簡潔なやり取りが、山下は凄く嬉しかった。それだけでも満足だったが、もう少しだけ一歩進んでみたかった気持ちもある。
『斎藤さん、明日の放課後ちょっとだけ時間いいですか』
LI○Eのやり取りはしていたが、周りを気にして直接会うことは控えていた。
『ちょっとならいいよ』
周りの目をあまり気にしない放課後なら、多少はいいだろうと思って返した。
「お待たせしました」
「そんなに待ってないよ」
嘘。三十分以上待った。別にそんなことどうだっていいし。
待ち合わせ場所は体育館の裏だった。人目につかないところにしたのは彼なりの配慮だろう。
「あの、これを渡したくてですね……どうぞ」
「えっ」
「バレンタインなので」
そう、今日はバレンタインデーだ。まさか男からチョコをもらうなんて思いもしなかった。斎藤は驚き、渡されたものを突き返そうとする。
「ダメ! こんなのもらえない!」
渡された袋の中身は十中八九チョコレートだろう。そう言い切れるのは袋に記載されているロゴを見たからだ。誰だって知っている有名な高級チョコレートを扱っている店で、コンビニで売っている百円程度のものとは比べ物にならない。
「どうしてですか?」
「どうしてって、高すぎだからだよ!」
「せっかく渡すなら良いものを渡そうと思って。とても美味しそうでしたよ」
「そりゃあ美味しいよ!」
人生で一度だけ食べたことのある高級チョコレート。お世辞ではなく本当に美味しい。斎藤は苛ついていた。こんな高いものを平気で渡すなんておかしいとしか思えない。
「ねえ、もしかして他の人にもこういうの渡したの?」
「同じ所で小分けの沢山入ってるのは買いましたが、その大きいのは斎藤さんにだけですよ」
分かり易すぎ……いくら本命だからって度が過ぎるでしょ!
「あのさ、こういうのはもっと安いのでいいんだよ。こんな……付き合ってもないのに、こんな高いの渡してきて迷惑なんだけど」
「すみません。つい美味しそうだったので。多かったら家族の方と分けて食べてください。別にお返しとかも考えなくていいので。自分が渡したいと思っただけなんです」
そう言いながら、山下は満足気に笑っていた。
そうじゃなくてさあ……!
言いたいことが伝わらずに苛つきが増していく。こんなイベントに、伝わるかどうかも分からなくて寧ろ迷惑だって言われてるのに散財して、その努力が無駄になってもきっとヘラヘラと笑っていて、そんなのーー。
ーー虚しいだけなのに……。
斎藤は軽く目眩を覚える。頭に血が上り過ぎているのかもしれない。これを冷ますにはもう、思いの丈をぶつける他ないと思った。
「……この際だから言うけどね、皆言ってるよ。山下君は変わってるって。同い年なのに敬語だし、毎回元気かどうか聞いてくるし、なんか凄く気を遣ってくるのが不気味だって」
「それは何となく知ってます」
即答だった。言われていることが良いことではないのに、それでも山下は笑って続ける。
「敬語なのは、家族じゃない他人と話すのがなんか上手くいかなくて、ぎこちなくなってしまうんです。慣れればちゃんとタメで話しますよ。元気かどうかは何となく気になるからで……そんなに気を遣ってるように見えますか?」
「うん。見える」
「そうなんですか……。オレはしたいようにしてるだけなんですけどね。周りからの評価なんてどうだっていいんですよ。自分の大切な人にさえわかってもらえてればいいんです」
苦笑しながら話す山下に、また心が浮き足立つ。いや、違う。騒いでいる。うるさく鼓動している。
「ははは、参ったなあ……山下君には」
オレって言ってた。もしかしてこっちが素なのかも。
もう笑うしかない。斎藤は観念して笑う。高らかに。チョコレートの入った袋を抱きしめながら。
「しょうがないからもらってあげる」
「ありがとうございます」
山下も心底嬉しそうに笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます