第3話

 関われば関わるほど印象が変わってくる。あんまり表情が変わらず目が据わっていて、髪の毛はボサボサでもっさりしていて野暮ったい。見るからに草食系。

 一人称ボクとか言いそう。

 なんて思っていた時期があった。しかし今は、意外とグイグイ来る人なんだと分かった。見た目の印象は変わらないが、性格面で印象が変わったのだ。


『斎藤さん、土曜日なんですが、もしも予定が空いてたら遊びに行きませんか?』


 こんな文面が届いたら勘違いもする。いや、勘違いではなく確定事項だ。山下は斎藤に惚れている。


『いいよ。どこ行く?』

『斎藤さんは行きたい所ありますか?』

『今は特に無いかな。山下君が気になってる所でいいよ』


 そう返信したら、行く場所はすぐに確定した。行く場所は着いてからのお楽しみということだ。

 本当にどこでもいい。それよりも……。

 斎藤は試してみたくなった。


『これってデートってこと?』


 この短い文章に含みを持たせる。期待をして返事を待つこと二時間が経過していた。


『そう思っていただいて結構です』


 普段返信が数分と早いが、今回は予想以上に時間がかかっていて笑ってしまった。





「おはよ」

「おはようございます」


 駅で待ち合わせをして時間きっかりに着くと、既に山下は待っていた。スマートフォンを見ていた顔を上げて斎藤を見るなり、肩に掛けているトートバッグに目がいく。


「使ってくれてるんですね」


 斎藤が持ってきたものは、山下からもらったトートバッグだ。


「丁度いいサイズだったからコレにしただけ!」


 気に入ったから、なんてわざわざ言いたくなかったようだ。照れ隠しなのかすぐさま顔を背けてさっさと駅へ向かう。

 使ってくれている事実に嬉しくて山下は分かりやすく表情を緩ませた。


「ほら、行くよ!」

「……はいっ」


 目的地が分からない為、順路は山下に任せて着いていく。

 路線案内を見ながら電車を乗り継いで、行き着いた場所は動物園だった。動物園と言ってたも大きくはなく、こじんまりとした屋内施設だ。


「こんな屋内の動物園って初めて来たよ」

「オレもです」


 またオレって言ってる……。


「ここ、ふれあい広場があるらしいです」

「じゃあ触れるんだ?」

「そうみたいですね」

「へえ。なんでまた動物園に連れてきたの?」

「それはですね……」


 言葉を切って鞄の中を探る。取り出したのは一枚のカードだ。


「これを思い出してつい」

「うわ、懐かしい」


 それは手作りの名刺だった。

 二人の学校は他クラス合同授業が数回行われる。それは一年生で初めての合同授業で、名刺交換の疑似体験をするという名目で、簡単な自己紹介カードを渡し合うというものだった。カードにはプロフィールが書いてあり、その中に今やりたいこと、という欄があった。


「これに動物に癒されたいってあったので、動物好きなんじゃないかと思って」

「嫌いじゃないけどさ……」

「それなら良かったです。入りましょうか」


 カードを鞄にしまって山下は先に入っていった。

 あんなつまんない授業のまだ持ってたんだ。やっぱり変わってる。

 そうは思ってても悪い気はしない。機嫌良く山下の後を着いていった。料金を払い入場すれば、閉店までは無制限で触っていいらしい。


「みんな触っていいの!?」

「ガラス張りのじゃなければ基本触っていいみたいですよ」

「なにそれ最高!」


 斎藤は目まぐるしく辺りを見回して、動物たちに近づいては触っていく。オウムやヒヨコなどの鳥類、羊やヤギ、牧羊犬、フェレットやミーアキャットもいた。

 山下は鳥になつかれたのか、髪がフサフサの頭に鳥が乗って中々動かない。

 その様子に斎藤はただ可笑しくて笑いが堪えきれない。

 山下もつられたのか、照れながら笑っている。店員に鳥を下ろしてもらい、それから一通り園内を回って満喫した。


「どうですか? 癒されました?」

「うん、癒された」

「あそこも入れるみたいです」


 山下が指した先にはキャットルームと書かれたプレートが掛かっている部屋がある。壁には猫のイラストが描かれてあったり、中にいる猫の名前付き写真が貼ってある。


「わあ、いっぱいいる」

「おやつ買って入りましょう!」


 山下が買いに言っている間、斎藤は待ちきれず先に入る。手を消毒して二重扉を開くと、そこには十匹以上の猫が迎えてくれた。


「あ~っ! 猫がいっぱいヤバい! めっちゃかわいい!」


 顔が綻ぶのを止められない。部屋の真ん中まで行って集まっている猫たちに近づいていく。しかし、猫たちはすぐに散っていってしまう。そこにおやつを持って現れた山下に、猫たちは挙って集まっていった。


「おおっ、たくさんいる!」

「猫も現金だね」


 踏みつけないようにヨタヨタしている山下と、おやつに目がない猫たちの様子に苦笑いしながらおやつを受け取った。

 そうすれば猫は山下と斎藤へ散り散りになっては近寄ってくる。おやつを出すと勢いよく猫たちが取り合いをする様子がまた面白い。


「元気ですね」

「おやつ欲しさに必死すぎ」


 爪を立てたり噛みついたり猫パンチを繰り出すなど、猫同士で大乱闘だ。負けてしまったり奪われて食べられなかった猫もいて、食べている猫の隙を見て負け犬ならぬ負け猫におやつを与えた。

 持っていたおやつが無くなると、においで分かるのか猫たちは解散する。近寄っても逃げられてしまう為、斎藤は早々に諦めて設置してある猫の毛だらけソファに腰掛けた。

 山下はというと、身体を屈めてじっと動かずに手を伸ばして猫ににおいを嗅がせている。それから置いてあった猫じゃらしを慣れた手つきで動かしてみると、数匹の猫がじゃれついていた。

 慣れてる感じする。もしかして飼ってるのかな?


「ねえ、猫飼ってたりする?」

「飼ってますよ。家にたくさんいます」

「一匹じゃないんだ」

「はい。親が保護施設からもらってきたり、オレも小さい頃に野良とか連れてきたり。そういうのでいつの間にか増えてましたね」

「優しいんだね」

「そんなことないですよ」

「そうやって謙遜するし。デートも誘ってきてさ、意外と度胸あるよね」


 上からものを言ってしまうのは悪い癖だなと自覚しながら。


「それって山下君の美点だと思う」


 素直な誉め言葉に目を丸くした山下は、猫じゃらしの動きを一瞬止めてから高速で動かす。


「ははっ、はははは! あ、ありがとうございますっ! 凄く照れますね!」


 そう言うのだ。相当照れているのだろう。

 してやったりと自慢気な顔をして、斎藤はソファの上で足を組んだ。

 笑い終えると、ピタリと猫じゃらしも止めた。


「あの……実は、LI○Eの返信凄く迷ったんです」

「うん、知ってる」

「ですよね。どう返信するのが正解かなって……。遊びに行くだけだから言い方違うかなとか、二人きりだしやっぱりデートって言うべきかとか、どうしてそんなこと聞くのかなって深読みしたり、返信するの……とてもドキドキしました」


 言葉を一生懸命紡いでいる。そんな彼に多少の罪悪感を抱きつつ斎藤は口を開く。


「ごめんね、色々考えさせちゃって」


 試したかった。本当のことはまだ伝えない。

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