天の邪鬼なワタシと天然なボク

月嶺コロナ

第1話

 今日も素敵だ……。

 山下やました じん。高校一年生の男子生徒である。身長は百七十センチ未満で高くはない。一度も染めたことのない色素の濃い真っ黒な髪で短い。さっぱりしていると言えば聞こえは良いが、前髪が重力に逆らうように上を向いており、年齢の割に額が広い。全体的に髪を上や後ろへ追いやるような髪型で、ワックスを付けるわけでもなく所々跳ねている様は頓着しているようには見えない。整えられていない眉は太く、唇は厚い。三白眼で目が据わっていることも多々ある。鼻が高いわけでもなく、お世辞にも美形とは言えないだろう。

 そんな彼が見つめる先には斎藤さいとう 春菜はるなという女子生徒がいる。

 彼女はパッと見、容姿端麗だ。ウェーブのかかったボブヘア、垂れがちな瞳、通った鼻筋に小さな口。清潔感があり、落ち着いた優しい声音が特徴的だ。

 美人ではあるが性格はひねくれている。皆が右がいいと言えば左がいい、皆が好きというものは嫌いと言うような、いわゆる天の邪鬼である。それに加えて思ったことはすぐ口に出すタイプで、周囲の評判はあまり良くなかった。

 山下は彼女に惚れている。控えめに言って好意を寄せている。正直大好きである。

 そんな冴えない彼は、誰から見ても斎藤への好意がバレバレなのであった。そして斎藤本人も気付いている。別のクラスということもあり毎日見かけるわけではないが、休み時間になるとクラスの前の廊下で顔を合わせることがザラにある。人見知りするタイプではないようで、山下から斎藤に話しかけることもある。


「斎藤さん、こんにちは」

「ああ、こんにちは」

「お元気ですか?」


 いつも会うと始めに元気かどうかを聞いてくる。どうしていつも体調を気にするのかは謎だったが、斎藤は毎回元気だと答えていた。そして身にならない会話を何度も繰り返している。休み時間のほんの数分で会話は終わる。そんな日常の中のとある日にはプレゼントを渡されたことがあった。


「あの、これゲーセンで取ったので良かったらどうぞ」

「……別にいらないし。取ったんなら自分で使いなよ」


 差し出されたのはトートバッグだった。国民的に人気のある可愛らしいアライグマが描かれている。


「自分がこんな可愛いの使えませんよ」

「意外と似合うんじゃない? でも何で使わない物を取ったの?」

「UFOキャッチャーで簡単に取れそうだったので」


 いまいち理由がピンとこない。訝しげな顔をしていれば、山下は更に前に押し出してきて。


「斎藤さんが使わないのであれば、自分も使わないので捨てちゃうんですけど」

「はあ? それはもったいよ!」


 実用品を捨てるなんて本当にもったいない。しかもこんな可愛いデザインを。せっかくくれると言うのだし、捨てるというのならもらっても悪い気がしない為、斎藤は素っ気なくお礼を言って受け取った。

 教室に戻り早速試しにノートやファイルを入れて肩に掛けてみる。A4サイズも入り、小さすぎず大きすぎず丁度いい。


「なにソレかわいいー!」


 普段話さないクラスメイトが集まってきてトートバッグを指して褒めてくれる。あまり注目されるのは好きじゃないが、少しだけくすぐったいような、嬉しさと誇らしさを感じた。


「それなりに可愛いかもね。もらったんだよ」

「へえー。誰にもらったの?」

「……えっと……」


 その時、正直に山下からとは言えなかった。心のどこかで恥ずかしいという気持ちが芽生えていた。


「……お姉ちゃんからもらった。いらないって言うから……」

「いいなー。わたしもそんなお姉ちゃんほしー」


 斎藤は嘘を吐いた。もらった所を他の人に見られておらず、誰からもらったかは本人たち以外は知らない。それに誰からもらったかなんてきっと皆どうだっていいと思っているだろう。ただ話を繋げたいだけなのだ。しかし、これが山下からもらったと言えば面白いネタになる。からかったり笑い話にされる。

 そんなの絶対ヤダ……!

 山下が斎藤に好意を持っている。山下が斎藤にプレゼントをした。そしてそれを受け取った。その事実が知られるだけで、ありもしない噂が流れるものだ。からかわれる、笑われる、そんな屈辱は耐えられない。

 その日から斎藤は、山下と顔を合わせてもなるべく避けるようになった。






「斎藤さん! これだけでも受け取ってください!」


 またいつものように避けようとしたら、折り畳んだ白いメモ用紙を差し出してきた。


「ちょっと、そんな大きな声出さなくても聞こえるし!」

「でもこうでもしないとまた避けられると思うので!」

「っ……!」


 廊下でのやり取りだ、他に数名いる中そんな大声で話されたら注目を浴びてしまう。


「わかったからっ! 受け取ればいいんでしょ?」


 そのメモ用紙を奪いとっとと去る。教室の席に戻って畳まれたメモを開くと『LI○EのIDです』と一言と、その下にIDが書かれていた。今まで電話番号やメールアドレスを聞かれたことはあるがそれとなく拒否していた。

 聞くのは無理だから自分のを……ってことね。私が登録して送らなければ意味無いのに。

 バカみたいだと嘲笑ったが、律儀にもメモを鞄の中にしまっていた。連絡をするつもりなんて無い。そう思っていたのに、それを覆そうと思ったきっかけとなる会話を耳にした。それはメモをもらった一週間後のことだ。


「社会見学さ、別のクラスと合同でやるって話じゃん?」

「勝手に班分けられてたね」

「そうそう。で、集まったんだけど全然仲いい人いなくてー」

「わかるー。ウチもそうだった!」

「でしょー。しかもその班で一日行動するらしいからマジだるい」


 社会見学。知識や経験を積む為に行われる学校行事の一つだが、それを他クラスと合同にすることによってコミュニケーション能力も身に付けようという学校の魂胆らしい。

 すっごい迷惑……こんなんで仲良くなれるわけないじゃん 。

 共感しつつ盗み聞いていたが、とある話に斎藤は耳を疑った。


「連絡先交換しようってなったんだけどさ、ウチの班に山下がいて、未だに教えないんだよね。ID設定してないーとか、今日はスマホ忘れましたーとか言って」

「うわ、それウザイ。絶対教える気ないやつ」

「そう思うでしょ? こっちも教えたいわけじゃないのにさ。個人情報なので教えたくありませーんって言ってるみたいでなんか自意識過剰じゃない?」


 二人の悪口めいた会話はどうでも良かった。そんなことよりも、山下がそんな行動を取っていたなんて。

 そういうの誰にでも教えるような人だと思ってた。それに……あのメモ渡すのだって凄く勇気がいることだよね。

 斎藤の中で山下の印象が少しだけ変わった。そして鞄からメモを取り出して、LI○Eの友達登録をしていた。

 今更って思うかな……。

 友達登録をしたなら何か送ろうかと考えたが、これといって送りたい内容などなかった。そんな考えは杞憂で、山下からメッセージが届いた。


『友達登録ありがとうございます。これからもよろしくお願いします』


 そのメッセージを見たらそわそわと浮き足立っていた。メッセージを送るということは

一歩を踏み出すということで、相手を認めるようで、只、よろしくお願いしますというスタンプを一つ送りLI○Eを閉じたのだった。

 

 

 

 

 

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