第5話

 いよいよ、今日で五日目。

 ついに明日は柏木と一緒に出かける日になる。


 いつも通り柏木を迎えに行ったのだが、彼女は緊張のあまりその動きがぎこちなかった。



「大丈夫か、柏木。なんだかすごく緊張してるみたいだけど……」

「……えっ? な、何か言ったかな?」

「いや、何でもないよ」



 すぐ隣にいても声が聞こえなくなるくらい緊張してしまっている柏木。

 手と足も同時に出ているし、本当にこれで明日公園に行けるのだろうか?

 そんな不安すら感じてしまう。



「そういえば佐倉に料理を教えて貰ってたみたいだけど、大丈夫そうか?」



 作れないなら無理をしなくても……と思って声をかけたのだが、柏木はゆっくりとした動きで俺の方を見てくる。

 その顔は真っ赤でまるで沸騰しているようだった。



「だ、だ、大丈夫だよ。も、もちろんちゃんと食べられるものはできるよ。それにあーんも……ってそっちは違ったね。と、とにかく大丈夫だから心配しないで」



 片手を必死に動かして弁明してくる柏木。

 どうやら佐倉にいらないことまで吹き込まれたみたいだった。



「俺は柏木と一緒に公園に行けたらそれでいいからな。無理はしないでくれよ」

「大丈夫だよ。私も楽しみにしてるから」



 恥ずかしそうにしながらも笑みを浮かべて頷いてくれる。



「とりあえず、明日の十一時に松崎公園前に集合でいいか?」

「うん、わかったよ」

「いくら楽しみでも寝られなくて寝不足……なんてことにならないようにな」

「私、そんなに子供じゃないよ?」



 頬を膨らませて拗ねる柏木を見て、俺は思わず笑いだしていた。



 ◇



「おはよー!」



 学校へ近づいてくると佐倉が声をかけてくる。



「おはよう」

「有紗ちゃん、おはようございます」



 二人で挨拶を返すと佐倉はニヤニヤとした笑みを浮かべてくる。



「今日も二人で登校なんだね。仲がいいね」

「そ、そんなことは……」



 恥ずかしそうに顔を俯ける柏木。

 すると佐倉は覗き込むように聞く。



「そんなことないの?」

「そ、そんなことは……あるけど、つ、付き合ってるんだし……」

「へぇー、そこははっきり言えるようになったんだね。それなら手を繋いでみようか」



 佐倉が柏木の背中を押すけど、そこは必死に抵抗していた。



「そ、それとこれはまた別問題なの。ま、まだ手を繋ぐのは恥ずかしいよ……」

「付き合ってることは言えるのに?」

「そ、それはもう話した有紗ちゃんだからだよ。ほ、他の人にはとてもじゃないけどいえないよ……」

「えっ? でも、校内の人は大抵知ってると思うよ?」

「ど、どうして?」

「そりゃ、二人の初々しい姿を見てたらカップルにしか見えないからね」



 佐倉に言われて柏木は真っ赤な顔をする。

 すると登校途中の人たちから微笑ましい視線を送られてしまう。



「は、恥ずかしいです……」



 柏木が顔を覆って恥ずかしさのあまり肩を振るわせていた。



 ◇



 教室に入るとすぐに相馬が近付いてくる。



「それじゃあ三島くん、また後でね……」



 小さく手を振ってくる柏木。

 俺も同じように手を振り替えしてから相馬の方を振り向く。



「よう、今日も一緒に来られたんだな」

「あぁ、もちろんだ」

「つまり明日は初めてのデートか」

「そうだな。まずは公園でならしていくつもりだ」

「公園か……。つまり、彼女の手料理を食べるんだな」

「そうらしいな。必死に練習してるらしい」

「それは彼氏冥利に尽きるな。つまり柏木に直接食べさせてもらえるんだな」

「へっ……?」

「手作り弁当だぞ? あーんって食べさせるのは当然だろう?」



 あっ……。

 そういえば思い当たる節があった。

 柏木が今朝慌てていたときにあーんがどうとか言っていた。


 なるほど、柏木もきっと佐倉に唆されたんだろうな。

 それで顔を真っ赤にしていたんだろう。



「そんなに無理をしなくても、俺は柏木の料理を食べられるだけで満足なんだけどな……」



 ふと柏木の顔を見て小さな声で呟いていた。



 ◇



 今日も柏木は料理の特訓をしに佐倉の家へ行くらしいので、俺は一人家に帰ってきた。

 そして、いつものようにベッドに寝転がる。


 いつもなら直ぐに眠気が襲ってくるのだが、今日に限っては明日一緒に柏木と出かけることを考えていた。



「いよいよか……。な、なんだか緊張してきたな……」



 柄にもなく心臓の鼓動が早くなっていく。



「と、とりあえず早く寝ないと明日遅刻するわけにもいかないからな……。そ、そういえば着ていく服とかも準備しておいた方が良いか……。ほ、他には何かいるものはなかったか?」



 バタバタと部屋の中を慌ただしく移動する。

 すると部屋のドアが叩かれる。

 そして、ドアを開けて顔を覗かせてきたのは妹の美咲みさきだった。



「お兄ちゃん、うるさいよ? 何バタバタしてるの?」

「なんだ、美咲みさきか。俺は今明日の準備で忙しいんだ。……いや、ちょうど良いところに来てくれた。美咲だったらどの服が良いと思う?」

「えーっ、お兄ちゃんが服を悩むの? いつも適当なものを選んできてない? ……もしかして彼女? お兄ちゃんに彼女ができたの!?」

「……どっちでもいいだろう」

「やっぱり―! わかったよ、これは美咲が責任を持ってお兄ちゃんをコーディネートしてあげるよ!」

「……やっぱり美咲に頼んだのは間違いだったか?」



 不安な気持ちを抱きながら美咲にいくつか服を見繕って貰った。

 今までの態度とは裏腹に選んでくれた服装はしっかりとしたもので素直に美咲に感謝することができた。



「お兄ちゃん、今度彼女を家に連れてきてよ」

「……いやだよ」



 それに柏木がそんなことになったら緊張のあまり大変なことになりそうだった。



「えぇー、美咲もお兄ちゃんの彼女みたいよー」

「……まぁ、そのうちな」

「うん、約束だよ」



 それだけいうと美咲は部屋を出て行く。

 さて、俺もそろそろ寝るか……。


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