第2話

 翌朝、俺は朝早くから柏木の家の側で待っていた。


 一緒に行く約束はできなかったので、柏木がどのくらいの時間に家を出てくるか全くわからない。

 でも、やっぱり一緒に学校へ行ってみたい……という気持ちが抑えきれなかった。


 それに――。



「柏木は別に嫌そうじゃなかったもんな……」



 昨日一緒に帰ってわかったこと。

 柏木が一緒に登下校をしようとしなかった理由は、俺と柏木の家が学校を挟んで真反対にあることだった。

 むしろ一度は向こうから誘ってくれようとしていた。


 今まで恋人らしいことは何もできなかったし、柏木がどう思っているのかもわからなかった。

 でも、彼女も俺と付き合ったことを好意的に受け止めているようだった。

 それならば俺が直接柏木に会いに来れば一緒に登下校ができるということだ。


 ただ、少し早すぎたかもしれないな……。


 家を出た時の時刻は7時前。

 母さんには信じられないような目で見られたし、妹の美咲には怪訝そうな目で見られた。


 そんなに俺が早起きをするのは珍しいか?

 ……うん、珍しいな。


 いつもなら時間ギリギリまで寝ていたいタイプなのだが、朝から柏木と一緒になれると考えると居ても立ってもいられなかった。


 いつに柏木は出てくるのだろうか?


 ソワソワとしながら彼女の家を見上げてた。

 ただ、その仕草は不審者そのものでたまに小さな子から指をさされたりした。


 さ、さすがに住宅街でうろうろとするのは怪しいか?

 で、でももうすぐ柏木が出てくるかもしれない。


 結局俺はここから離れることができずに、柏木を待ち続けた。


 そして、ここに到着してから三十分くらい過ぎただろうか。ようやく柏木の家の扉が開く。



「……行ってきます」



 柏木が家から出てくると、すぐに俺と目が合った。



「やぁ、おはよう」

「あっ、お、おはよう……。って、えっ? み、三島くん!? ど、どうしてここに!?」



 柏木が顔を赤くして、慌て始める。

 突然俺がやってきたのだから驚くのは当然だった。



「いや、昨日は一緒に帰ったわけだから、今日は一緒に行こうかなと思って……」

「それはその……嬉しいけど、三島くんは良かったの……? 家、遠いのに大変じゃないかな?」

「そうだな……、毎日になると少し大変かもしれないな……」

「……だよね」



 柏木は露骨に残念そうな表情を浮かべる。

 やっぱり柏木も一緒に行けるのは嬉しいようだった。



「ただ、毎日登下校を柏木と一緒にできるのなら、やる価値は十分あるな」



 俺が微笑むと柏木が目を大きく見開いて驚いていた。



「ほ、本当にいいの?」

「あぁ、もちろんだ。だって俺たちは付き合ってるのだからな」



 柏木の顔が一瞬で赤く染まり、小さく一度頷いてくれた。



 ◇



 柏木と二人並んで学校へと向かう。

 その間は昨日と同様にろくに言葉を交わさずにただ二人並んで歩いていた。

 人一人分以上間があいているのは、まだ仕方ないだろう。


 それでも、昨日みたいな不安がなくなったので、それだけで十分だった。


 むず痒い気持ちになりながら歩いていく。



「……三島くん?」



 すると突然柏木から話しかけられる。

 そのことに驚き、噛みながら答えてしまう。



「か、か、柏木か!? ど、どうしたんだ?」

「ううん、やっぱり毎日来てもらうのはなんだか申し訳ないなって……。その……、たまには私も……」

「流石に柏木にそんなことさせられないからな。だから俺が迎えに来るよ」

「……それだと一方的に何かしてもらってるみたいで、その……」



 柏木の言いたいこともわかる。

 もらう一方だと申し訳なく思ってくるもんな。

 そうだ!



「それなら、柏木を迎えにきた日に応じて何かお返しみたいなものをしてくれたらいいよ。七日連続で迎えに行ったら一緒に出かけるとか……、十四日連続だと手を繋いでみるとか……」



 それならウブな柏木との仲を進展させることが出来るかもしれない。

 ただ、柏木は顔を真っ赤にして、首を必死に横に振っていた。


 も、もしかして一緒に出かけるのは嫌だったか?



「そ、その……、て、手を繋ぐのはまだ勇気が……」



 どうやら一緒に手を繋いで歩いているところを想像して、恥ずかしがっていただけのようだった。


 一瞬断られたのかと思った……。



「まぁ、その内容も二人で考えたらいいんじゃないか?」

「そ、そうだね……。うん、それならいいよ……」



 笑みを見せてくれる柏木。

 その表情を見て、俺は少しだけ鼓動の音が早くなっていた。



「そ、それよりも一緒に出かけるのはいいんだな……?」

「えっ……、そ、それはその……。は、恥ずかしいけど、私も三島くんと出かけてみたいから……」



 恥ずかしそうに顔を赤らめる柏木。

 ただ、彼女自身が一緒に出かけたいと思ってくれているようで、それは良かったと思わされた。



 ◇



「人、増えてきたね……」

「そうだな……」



 隣を並んで学校に向かっていくと近づくにつれて学生が多くなっていく。

 するとその人の数に応じて、自然と俺たちの距離が離れていく。


 柏木は恥ずかしそうに顔を赤くして、俯きながら歩いていた。

 すると突然柏木が後ろから抱きしめられる。



「結衣ちゃん、おはよー!」

「わっ……」



 一瞬前のめりになる柏木だが、それも抱きとめてしまう少女。

 彼女を抱きとめたのは佐倉有紗さくらありさ


 百七十センチ近い身長と出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるその抜群のスタイル。

 長いウェーブがかった金髪。

 そして、胸元を開けて着崩した制服。


 少し派手だか、誰にでも親しげに話しかけてくれるクラスの中心にいる人物だ。

 そして、なぜか大人しい柏木とも親しい。



「な、なんだ、有紗ちゃんか……。びっくりしたよ」

「あははっ、なんだか朝から楽しそうなものを見たからね。ついつい突っ込まずにはいられなかったよー。それにしても――」



 佐倉は目を細め、じっくり、まるで鑑定するかのように俺のことを見てくる。



「君が結衣ちゃんの彼氏とはね……」



 唇を舐めながら少し前屈みになってくる。

 その色っぽい仕草に思わず俺の唾を飲んでしまう。



「い、いくら有紗ちゃんでも、三島くんに手を出したら怒るからね!」



 俺と佐倉の間を割って入る柏木。

 頬を膨らませ、少し怒った様子で佐倉を睨みつけていた。



「あははっ、そんなことしないよー。だって、三島に告白された日、結衣ちゃんの長電話に付き合ったでしょ。流石にあの時の嬉しそうな声を聞いたらとてもじゃないけど、邪魔はできないよ」

「あ、有紗ちゃん!?」



 一瞬で顔が紅潮する柏木。

 すると、体を起こした佐倉は堪えきれずに笑い出す。


 そして、彼女に秘密をバラされた柏木は心配そうに俺の方を向いてくる。


 そっか……、次の日もいつもと変わらない態度だったから気づかなかったけど、柏木も喜んでくれていたんだな……。


 そのことがわかると俺も嬉しくなってくる。

 ただ、柏木は必死に誤魔化そうと手をばたつかせていた。



「そ、その、つ、付き合えたのが嬉しくて、ついつい三島くんと付き合いだしたことを有紗ちゃんに話しちゃったけど、その、あの……」



 なんとか誤魔化そうと必死に話してくるが、ただの補足説明にしかなっていなかった。



「相変わらず、結衣ちゃんは面白いね……」



 そんな柏木の様子を見て佐倉はニヤリ微笑んでいた。

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