俺の彼女がウブすぎる ~初々しい二人は一緒に帰ったことをきっかけに仲を深める~
空野進
第1話
「柏木、俺と付き合ってくれ!」
放課後の校舎裏に
すると柏木は驚きのあまり動きが固まっていた。
真っ赤に紅潮した頬。
肩ほどまで伸びた薄い茶色がかった髪。
ただでさえ小柄で可愛らしい童顔からマスコットのようなキャラとして扱われているのに、動きが止まってしまうと人形のようにしか見えなかった。
そんな柏木の信じられないような視線がまっすぐに俺の顔を向いている。
今まで碌に会話すらしてこなかったから信じられないのもうなずける。
柏木と話したのは数回。
それでも彼女の可愛らしい仕草と行動を眺めていると自然と微笑ましく思えていた。
そして、それが恋心と気づくのにそれほど時間は必要ではなかった。
なかなか返事がなくて、俺の鼓動が早くなっていく。
さすがにいきなりすぎて断られるか……。
そんなマイナスな方向にばかり考えてしまう。
するとようやく柏木の体が動く。
小さく頷いた後に聞き逃してしまいそうなほど、小さな声で呟いてくる。
「……よろしくお願いします」
そう呟いた瞬間に柏木は逃げ去っていた。
後に残されてぼんやりその後ろ姿を眺めているしかできなかった俺。
えっと、これは付き合ったってことだよな?
急に恥ずかしくなってきた。
顔が真っ赤に染まっていくのを感じる。
でも、自然とガッツポーズをしてしまう。
こうして、俺、
◇
そして、数日後。
俺たちの仲は付き合う前とろくに変わらずにいた。
一緒に帰ったりどこかに遊びに出かけたりといったことはせずに学校の中だけで会う。
他の人からしたら本当に付き合っているのかと言われるレベルだった。
「……おはよう、三島くん」
小さな声で恥ずかしそうに挨拶をしてくる柏木。
付き合い始めてから唯一変わった点と言えばこうして毎日挨拶してくれるようになったことくらいだった。
「あぁ、おはよう」
挨拶を返すと彼女は嬉しそうにはにかんでくれる。
その笑顔を見ると俺も照れてしまって顔が赤くなってしまう。
そして、それ以降会話を交わすことなく、俺たちは席に着く。
するとそんな俺たちを見てあきれた表情を浮かべてくる親友の
相馬は金色に染めた髪をワックスで固めているようでツンツンと尖っている。
しかも、制服の下には真っ赤なシャツを着込んでいる、どちらかといえば不真面目なタイプだった。
でも、根はいい奴で俺も柏木のことはよく相談していた。
「はぁ……、なんでもっとぐいぐい行かないんだ? 恋人同士なんだろう?」
「そうなんだけど、いきなり距離を詰めすぎても嫌われるんじゃないかと思ってしまってな」
「うーん……、その程度で嫌うんだったら最初から告白をオッケーしないだろ。とりあえずは……、まずは登下校くらい一緒にしてみろよ」
「そうだな……一度誘ってみるよ」
たしかに俺たちは付き合ってるんだもんな。
恋人なら登下校くらい一緒にしてもおかしくない。
よし、放課後に一緒に帰れないか柏木に聞いてみるか。
◇
今日はやけに時間が長く感じられたが、ようやく授業が終わり放課後になる。
ただ、この時間まで柏木とは会話らしい会話をしなかった。
放課後も柏木はすぐに帰る準備をしていたが、元々動きが素早いほうではないので、帰ってしまう前に話しかける。
「柏木、少しいいか?」
「三島くん? ……どうかしたの?」
少し頬を染めながら不思議そうに首をかしげる柏木。
「今日、一緒に帰らないか?」
思い切って提案してみる。
すると柏木は信じられない表情を浮かべ、不安そうに小声で聞き返してくる。
「……いいの?」
「あぁ、もちろんだ。それで柏木はどうだ?」
「……うん。もちろんいいよ」
小さく頷く柏木。
その返事に思わずガッツポーズをしたくなるのを我慢して、俺もカバンを手に取る。
「それじゃあ帰るか」
「……うん!」
恥ずかしそうに柏木はほんのりと頬を染め、席を立ち上がると俺の後ろを付いてくる。
そのまま教室を出て行く。
◇
学校を出るとすぐ分かれ道になりそこで俺は立ち止まってしまった。
「そういえば柏木の家はどっちなんだ?」
校舎内では先を歩いていたのだが、よく考えると家の場所がわからない。そのことに校門まで気づかなかった。
すると、柏木は小さく微笑む。
「……こっちです」
今度は柏木が先を歩いてくれるので、俺はその後を追いかけていった。
ただ、柏木は歩くのがかなりゆっくりなのですぐに追いついてしまう。
これが男女の歩く速度の差……なのだろうか?
一応柏木のペースに合わせながらゆっくりと進んでいく。
…………。
……。
な、なにも話せることがない……。
一緒に帰っているものの話題を膨らませることができずに沈黙を保ったまま歩いていた。
一応隣同士に並んではいるものの、微妙に距離が開いている。
それを柏木は気にした様子もなく真っ直ぐに前を見ていた。
何か気の利いた面白いことが話せたらいいのだけど、そもそも何を話していいのかわからない。
好きなものを聞いたらいいのか?
それとも家で何をしているのかとか聞くべきか?
脳内でいろんな考えがぐるぐる動き回って、全く考えがまとまらない。
思わず頭を抱えて悩んでしまう。
「ど、どうしたの……?」
そんな俺の様子を見て柏木が困惑した様子で聞いてくる。
「い、いや、何でもない……」
いきなり奇行に走って変な奴と思われなかっただろうか?
少し不安になり、柏木の顔色を伺う。
ただ、彼女の表情は以前と変わらず、何を考えているのか分からない。
せっかく話題を膨らませるチャンスだったのに……。
再び俺たちを沈黙が襲う。
もしかして、一緒に帰るのが迷惑だったのだろうか?
嫌な考えがよぎってしまう。
すると柏木が突然立ち止まる。
「……どうしたんだ?」
「私の家、ここ……」
柏木が指差したのは住宅街にある普通の一軒家だった。
「そうか……。すまんな、一緒に帰ったのにろくに話もできなくて……」
「ううん、その……、一緒に帰れて嬉しかった、ありがとう。……三島くん、家が逆方向なのに……ごめんね」
柏木が喜んでくれたのなら良かった。
「って、あれっ? どうして柏木が俺の家を?」
今までろくに帰ったことがないのに……。
すると柏木は顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに目に涙を浮かべる。
「そ、その……、えっと、あの……」
手をばたつかせて、必死に言葉を探しているようだ。
「お、お付き合い始めた次の日に一緒に帰ろうって言おうとしたんだけど、校門を出た瞬間に三島くんが反対の方向に帰っていくのが見えたから何も言えなくて……」
そうか……、それを見たから一緒の登下校を諦めてしまったんだな。
俺は大きく溜め息を吐く。
「別に多少帰るのが遅くなっても俺は柏木と居られるほうがいいぞ?」
それを聞いた柏木は更に顔を真っ赤にしていた。
「……あ、ありがとう。そ、その……、それじゃあまた明日ね」
「あぁ、また明日」
家に入っていく柏木。
手を振って完全に中へ入るまで見送ろうとしていたら、最後に入る前にもう一度柏木がこっちを見てくる。
そして、俺と視線が合うと慌てふためいて、軽く会釈をした後に家へ入っていった。
照れた柏木が見られたから一緒に帰るのは成功……だよな?
……あっ、一緒に学校へ行こうというのも忘れてた。
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