Quest 2 「ハンティング」 -27days

 俺がこの「パンゲア紀行」を始めてから3日が過ぎた。初日からの祐天寺──ゲームでは魔王団長☆ナオ──のサポートによって、俺もだいぶこのゲームに慣れてきた。

 キャラクターレベルは現在10にまで伸びているものの、ギルド加入の要件はキャラクターレベル30。早いところキャラクターレベルを上げて、できることを増やしたい。

 このゲームはレベルが3種類ある。キャラクターのベース能力に関係するキャラクターレベル、常時発動するスキルの熟練度を表すスキルレベル、そしてジョブの熟練度に関わり、取得アーツの上限を定めるジョブレベルだ。

 スキルレベルは「エイム」と「聞き耳」、「弱点看破」を中心に上げている。ガンナーのジョブレベルは4に上がり、ソロでも戦えるようになってきた。


 いつの間にかゲーム内で俺は祐天寺のことを「ナオ」と呼ぶようになり、ナオもまた俺のことをキャラ名の「MANTA-RAY」から後ろを取って「レイ」と呼ぶようになっていた。

 ナオから教わったのは、女神様のチュートリアルにはない、より実戦的なテクニック。それとこのゲームにおけるマナーやエチケット、後は美味しい狩場なんかの情報だ。


 テクニックで重要なのが、アーツを連続で繋げるコンボだ。

 今の俺が取得しているガンナーのアーツは、抜き撃ちを披露する「クイックドロー」、同一の着弾点に2発弾丸を打ち込む「ダブルタップ」、射程と集弾率が下がるが全弾を一気に打ち尽くす「トリガーハッピー」、対照的に長射程かつ貫通力の高い一発を撃ち込む「ピンポイントスナイプ」、弾数がなくアーツポイント(AP)依存のグレネード弾を射出する「アタッチメント:グレネード」、自分の周囲360度に弾をばら撒く「ウィンドミルブラスト」の6つ。初期から使えていたのが「クイックドロー」と「ダブルタップ」だけだったので大きな進歩だ。

 さらに共通アーツとして気配を消す「ハイディング」、文字通りステップ移動を行う「ステップ」、そして緊急時にその場で蹴りを出す「キック」の3つを取得している。あとはレースアーツの「ドラゴンチェンジ」。合計10のアーツが使えるようになっている。

 これらのアーツは、それぞれコントローラのキーに操作を割り当ててある。こうすることで、必要とあらばいつでも繰り出せる状態にあるわけだ。


 説明が長くなったな。どうもこういうのは俺の悪い癖なんだ。ついつい長話をしてしまう。

 では、どうやってこのアーツを組み合わせてコンボを繋げるのか、その実例をお見せするために、この日のゲームプレイ風景を話すとしようか。


 ◆


 俺はこの日、ナオから教えてもらった狩場、聖都ロディンから南東に向かった先のダンジョン・ロディン無縁墓地に足を踏み入れていた。

 このあたりは自分のレベルよりも若干上の敵が出てくる。一度に出てくる数は多くないが一度倒した敵の復活は早く、経験値もそれなりに多い。なので、手早く倒して効率よく経験値とドロップを稼いでいく必要がある。

 なお、この時俺はソロだった。ナオはこの日、息子の顔を見に来た親御さんと一緒に家族水入らずで食事に出かけるそうで、ログインは難しい旨の話を聞いていた。

 そんなわけで俺は一人でダンジョンに潜る。まぁいつまでもナオにおんぶに抱っこというわけにもいかないし、自力でなんとかする術を身に着けないとプレイヤースキルも上がらない。ゲーマーの端くれとして、腕は磨ける時に磨くもんだ。


 目の前に早速1体の敵が現れた。こういう墓場では幽霊が出ると相場が決まっている。当然、ここに出てくるのも人型の幽霊、「ウィキッドゴースト」だ。

 実体の不明瞭な体躯だが、こんななりでもショットガンの銃弾は通る。カメラを操作して画面中央のクロスヘアをウィキッドゴーストに向けると、


「あらよっと」


 前方に向かってまずは「ステップ」のコマンドを入力。画面内で自キャラ「MANTA-RAY」が地面を蹴り、前方に飛び出す。

 ショットガンは射程が短めに設定されており、ある程度近寄らなければ当たらない。そこでまずは出足に「ステップ」だ。


「んでもってハイディングからの……ヘッドショット!」


 そして、「ステップ」の着地点に到達するタイミングで、俺は共通アーツ「ハイディング」のコマンドを入力する。すると、着地点に到達した瞬間、自キャラは何事もなかったかのように直立しながら、その周りに霧がかかったようなエフェクトを身にまとう。着地のモーションをキャンセルして隙を一切なくし、特殊状態「気配消失」を発動させた状態だ。

 この状態において、敵対する相手はこちらの位置を特定できなくなる。そして、すかさずウィキッドゴーストの頭部付近にクロスヘアを合わせて、コマンドを2つ連続で入力。1つ目は「クイックドロー」、2つ目は「ピンポイントスナイプ」。この2つのアーツを連続で繰り出すとどうなるか、今からご覧に入れよう。

 画面内では、俺のキャラクターが懐から素早くショットガンを取り出す。キャラクターの格好のせいで見ようによっては完全に極道映画のワンシーンだが、重要なのはそこじゃない。

 冒頭の俺の説明を覚えているのなら、「クイックドロー」は抜き撃ちを披露するアーツ、というのはすでに理解しているだろう。つまり武器を抜いて、撃つまでがワンセットのアーツだ。そしてその後に入力した「ピンポイントスナイプ」は長射程かつ貫通力の高い一発を撃ち込む狙撃技。

 では、クイックドロー、ピンポイントスナイプの順で連続発動させるとどうなるか?


「さて火力は如何ほどか……」


 俺が呟いている中で、素早くショットガンを取り出したモーションの後、銃口がキラリと光る。次の瞬間、ショットガンから一発の弾が吐き出され、ウィキッドゴーストは頭に強い衝撃を受けて仰け反り、地に倒れ伏す。「510」「Weak Point Strike!!」「Ambush Bonus!!」という表示とともにウィキッドゴーストの体躯が消滅し、後にはドロップアイテムが残された。結構火力伸びたな。


 カンの良い方はこれで理解できたと思う。アーツを連続で発動させると、直前のアーツの最後に次のアーツが重なるのだ。クイックドローの最後は「撃つ」。この「撃つ」行為にピンポイントスナイプの発動が重なると、結果として「素早く銃を構えながらピンポイントスナイプを撃つ」クイックドローの出来上がり、というわけだ。

 このように、連続でアーツを発動させることで、1つのアーツに複数のアーツの特性を乗っけたり、切れ目なく連続攻撃を行ったりするのが、アーツのコンボということだ。

 え? このコンボが強いのはわかったが、今の行動に何の意味があるのかって?

 もちろんちゃんとした意味はある。さっき、俺は気配消失状態だった。この状態で敵にダメージを与えると、アンブッシュボーナスというダメージのプラス補正が乗る。さらにクイックドロー自体にもアーツの持つダメージ補正が乗り、加えてピンポイントスナイプは貫通ボーナスという別の補正が乗る。プラス補正が重ねがけされた状態で、弱点の頭にダメージが入ったことになるから、ダメージ総量は通常攻撃よりも遥かに高くなる。すると、自分よりも強い敵でもご覧のように一撃で狩れてしまう、というわけだ。

 しかも、このコンボは比較的出しやすい。出しやすくて高威力、周回で使わない手はない。俺はネトゲこそ素人に近いがソシャゲに関しては5年近く色々と手を出してんだ、周回効率の重要性は嫌ってほど知ってるからな。

 ……もっとも、ただ最高効率を見つけたら後は決められた手順でクリックやタップを繰り返すだけのソシャゲと違い、こっちは操作テクニックが求められる。その意味では、周回を通してリアルの俺自身のテクニックも向上させるという一面もあった。


 また次のゴーストが現れたのを確認すると、俺は先程と同様にステップで急接近し、着地時に気配を殺す。そのままショットガンを抜いて頭部に一撃。これを繰り返して、経験値とドロップアイテムをたんまりと稼がせてもらう。

 消えては一撃を繰り返しながら、めきめきとレベルは上がりつつあった。それに加えて、俺自身の操作の慣れも出てきたのか、コンボが淀みなく繋がるようになっていた。この技を練習したての頃はまだハイディングからクイックドローへの繋ぎが出来ず、少しだけもたつくことがあった。致命的ではないが、接近から攻撃までの間に時間をおいてしまうのはあまりよろしくない。


「しかしショットガンで散弾出ないってのも妙な話だなぁ、スラッグ弾でも撃ってんのかなこれ……」


 ついには演出にツッコミまで入れるくらいには余裕が出てきた。

 ショットガンという銃は、本来一発撃つと弾がバラける散弾を撃つための銃だ。このコンボのようにピンポイントで弱点を狙い撃つような代物ではなく、近くの標的に一発で複数の弾を当てる面制圧を行うものだ。もちろん、そんな弾を撃つから口径は必然的に大きくなる。そこで、「そんなでかい口径持ってるならでかい弾も撃てるんじゃね?」ということで作られたのが大口径の弾をそのまま撃ち出すスラッグ弾。リアルだとクマを狩るときなんかに使うとか聞いた。もっとも、もともと散弾を撃つ銃ででかい弾を撃つわけだから、当然弾道は安定するはずもなく、射程はさらに短くなるんだが。


 まぁゲームの中でそんなこと言ったってしょうがないよな、と肩をすくめつつ、レベル上げを続けていると、ダンジョンの奥の方から誰かが戦っている音がした。音はどんどん近づいてくる。


「もしかして撤退戦の真っ最中か?」


 ふーむ、と唸る。ヤバそうなら手助けしたほうが良いかもしれないが、ネトゲではMPKと言って、対処できないほどのモンスターを引っ張ってきて、相手に押し付けて逃げるという迷惑行為がある。下手人の後ろにモンスターが列をなしてついてくるところからトレインなんて名前もあるくらいだ。このゲームは特定のエリアを除くと、プレイヤー同士の攻撃は発生しないようになっているが、その裏をかいてプレイヤーを殺害するわけだから、悪辣極まりない。


「MPK目的だと流石にマズいし、とりあえずハイディングで様子見ですかね……」


 ハイディングを発動し、ウィキッドゴーストのポップ場所から速やかに離れる。これで、モンスターはおろかプレイヤーからもここに俺がいる情報は秘匿される。これで一旦こちらの情報を渡さず、本当に困っているようであれば助ける方針で行く。用心に越したことはない。


 やがて、当の戦闘音の主が姿を現した。女のオートマトン。オートマトンは古の技術で作られた自動人形という設定で、球体関節を持つサイボーグ然とした姿から、甲冑がそのまま身体になったような姿まで様々だ。このオートマトンのプレイヤーは、後ろから来る敵から逃れようとしているのか、全力で逃げている。それを追うのはウィキッドゴースト2体とネクロゴブリン2体。いずれも手負いだが倒しきれなかったらしい。ジョブを推測すべく、手持ちの武器を確認する。


「……魔導書?」


 魔導書を使うのはフォーキャスターだ。局地的に雨を降らせたり、一時的に地形を変えたりする大掛かりな設置系のアーツや、広範囲の敵味方にバフをかけるアーツを使用する。

 ただし、リキャスト時間がどれも比較的長めに設定されているのか、一撃で倒しきれないとしばらく攻撃を受け続ける羽目になる。


「こりゃマズいな」


 姿を現さず、オートマトンにチャットを飛ばす。


《手伝いましょうか?》


 突然のチャットで驚かせてしまったかもしれないが、オートマトンのプレイヤーはすぐに返事を返してきた。チャットウィンドウに表示された名前は「ニードルEYE」。同時に表示されたキャラクターレベルは俺とそう変わらない。


《お願いします》


 OKだ。念の為パーティを組む。パーティメンバーにニードルEYEの名前が登場するやいなや、俺はいつものコンボを決めに行く。


「実践編、スタートだな」


 ハイディングを解除、ステップでゴーストとゴブリンが隊列を組むど真ん中に突っ込む。突っ込んでいく最中、いくつかのバフがこちらにかかったのが見えた。ニードルEYEがバフをかけてくれたらしい。割いてくれたリソース分だけの仕事をしなければとコントローラを握る手に力がこもる。

 ど真ん中に着地する直前に再度ハイディング。一瞬姿が消える。その間にも俺は次のコマンドを入力していた。


「クイックドローから……これ繋がるかな?」


 そう、ここで俺は新しいコンボをぶっつけ本番で実験した。今入力したコマンドは、さっきまでゴースト相手に延々とぶっ放していたピンポイントスナイプではない。


「ウィンドミルブラスト……まだ繋がるか……グレネード!」


 祈るようにコマンドの入力を終える。すると、姿を現した自キャラはその場でコマのように回転しながら周囲に何かをばらまいた。

 直後、派手な爆煙とともにウィキッドゴーストとネクロゴブリンがまとめて吹き飛んだ。ウィキッドゴーストは爆煙とともに蒸発し、ネクロゴブリンは地面に叩きつけられ、深手を追う。

 そして、ネクロゴブリンたちが倒れた場所の地面が隆起する。ニードルEYEのアーツがリキャスト時間を終えていたようだ。

 吹き上がるマグマに飲み込まれた2体のネクロゴブリンのHPが0を刻み、消失。設置型アーツ「ボルケーノマイン」だ。

 しかし、爆風で吹き飛ばした時にはアーツの発動は間に合わなかったはず。方角もニードルEYEの位置とは真逆だ。つまり、予め俺がグレネードで吹き飛ばすことを読んでいた可能性がある。もしそうならとんでもない洞察力だ。それだけの実力がありながら追われていたのか?

 俺が首を傾げていると、唐突に目の前にウィンドウが開く。その内容は思いがけないものだった。


「ん……ボイスチャット申請?」


 このタイミングで? とは言え断る理由も見つからず、俺は申請に許可を出す。


「先程はすみません、助かりました」


 女性の声。マイクの音質がそこまで良くないのか、ノイズが混じっているようだ。とはいえ聞き取りに支障が出るレベルではない。わざわざボイスチャットでお礼をしてくるとは、律儀な人なのだろう。


「いや、こちらもレベル上げの途中でしたし……それにしても最後のボルケーノマインの置き方は見事でした。読み切っていたんですね」

「あぁ……ステップする方向を見て、あの集団の真ん中で一気に4体を倒すだろうと思ってましたから」


 ニードルEYEは事も無げに言う。それを実行に移せる行動力がある以上、いずれにしても大したものだと思う。


 ともかく、ある程度レベルも上がったし、一旦はここを離脱すべきか……と思ったが、一応聞いてみよう。


「そう言えば、ニードルEYEさんはなんでこのダンジョンの奥に?」

「クエストを行っていたんです。奥のボスを倒してフォーキャスター用の魔術書を手に入れたくて」

「あー……」


 ソロで行く理由はなんとなく察した。何しろフォーキャスターを主力とするプレイヤーは絶対数が少ないらしい。

 このゲームは転職が容易で、なおかつジョブレベルを最大に上げた状態で「限定解除クエスト」をこなすと、一部のジョブアーツを他のジョブでも使用することができるようになる。フォーキャスターはその性格上、ウィザードを主力とするプレイヤーがサブで取得してレベルを上げるプレイヤーが多い。フォーキャスターを主力とするプレイヤーは貴重なのだ。


「今の所、まだクエストはできてなくて……一人だとやっぱり限界でした」


 だろうな、と俺は思う。このダンジョン、奥に行くとそれなりの数の敵が待ち構えている。フォーキャスターは範囲攻撃できるとは言え、あの数の敵を倒すにはある程度のレベルが必要になると思う。


 だが、それはフォーキャスター1人で行く場合の話だ。


「それなら、そのクエスト手伝いますよ。2人ならなんとかなるかもしれない。こっちは火力ジョブですし」

「そんな、レベルを上げて出直そうと思っていたんですけれども」

「こういう時は助け合いですよ。俺も自分のレベル上げるいい機会ですし」


 ニードルEYEのプレイヤーが逡巡している様子が、回線越しのこちらにも伝わってくる。いや、まぁ確かに俺にとって、そこまで得があるものではない。パーティを組んでいればクエストクリアは近道だが、俺には経験値とドロップ品以外のメリットはない。

 まぁ、逆に言えば俺にとってはその経験値が今一番欲しいものだから、別に構わないんだけどな。何しろ装備は、初日に20レベルまで使える最高のものをナオから譲ってもらったのだ。ショットガンとレギンス、そしてシェルアーマーは序盤のガンナーの最強装備らしい。実際、俺もかなり楽をさせてもらっている実感がある。お陰でコンボの練習やレベル上げに集中できている。


「……すみません、お願いします」


 ニードルEYEも最終的に頼ることに決めたようだ。


「MANTA-RAYさん、優しいんですね。威圧的な外見でしたので、ちょっと怖かったんです……その、極道映画に出てくる人みたいで」


 ただ、やはり俺は極道だったらしい。すまんな、魔王ナオの呪いなんだ。


 ◆


 道中は出てくる敵の1体1体を確実に倒し、敵の数が増えてきたところでグレネードとボルケーノマインの連携技でまとめて倒す、という形で共同墓地の奥地に歩を進めていく。

 やはりニードルEYEは動きが的確だ。ファーストコンタクトが撤退戦の真っ只中ということもあって頼りなさげな印象を抱いていたが、戦闘を重ねる中でこのプレイヤーの特性がわかってくる。

 支援と搦手に関して、ニードルEYEはピカイチの才能がある。フォーキャスターは文字通りの天職と言っても過言ではないだろう。

 一方の俺は、ニードルEYEの的確な支援もあって安心して敵を落とすことに集中できている。ソロの場合だとどうしても自分の行為にある程度のリスクが伴う。しかし、支援が入ることでリスクが低減された上でそれぞれに分散されるので、気持ち的にもかなり楽だ。

 レベルの離れたナオと行くと、ナオのレベルが高いこともあるため仲間というより保護者の下で補助輪をつけている感覚だが、こうしてレベルの近いプレイヤーと戦うことで、パーティプレイのありがたみが身にしみてくるというもの。


 そんな実感を胸に戦っていると、いよいよクエストの目的であるボスモンスターの前までやってきた。相手はネクロゴブリン・エルダー。取り巻きにはゴブリンゾンビが3体。こいつを倒すと魔導書「結果の書」が手に入るとのことだ。序盤のフォーキャスターにとって喉から手が出るほどの性能らしい。ガンナーにとってのショットガンみたいなポジションか。


「では、手はず通りにお願いします」

「了解、始めましょうか。俺が先行します」


 ニードルEYEはボスの情報を事前に仕入れていたらしい。その情報と、俺たち2人の現有戦力を鑑みた上で、俺たちは作戦を立てた上で挑むことにしたのだ。


 早速、俺が気配を消した状態でボスの近くへと接近する。向こうが感知していない以上、ステップを使う必要はない。徐々にプラス補正がかかるステータス表示を見て、ニードルEYEが支援をかけてくれているのを把握する。さて、準備はOKだ。


「3……2……1……GOッ!」


 カウントを取って俺は手早くコマンドを入力した。クイックドローからピンポイントスナイプ、さらにアタッチメント:グレネードとダブルタップ。大盤振る舞いだ。

 俺は姿を現すと同時にソードオフショットガンを抜く。ショットガンの銃身下部に大口径のグレネードランチャーが現れ、次の瞬間、榴弾が2発放たれる。ゲーム上の演出とは言え、何の脈絡もなく現れるグレネードランチャーを最初に見た時は笑ってしまった。


 ボーナスが大量に乗って、取り巻きは爆風の中でその体躯を消失した。ボスも大きなダメージを受けたようで、身体をくの字に折って苦しみながら、ノックバックで仰け反る様子を見せる。この仰け反りで少しだけボスの身体が移動した。そう、その移動した先に何があるかも知らず。


「見事です!」


 ニードルEYEの称賛の声と共に、ボスの足元の地面が隆起し、マグマが迸る。ボルケーノマインだ。さらにそこに重ねがけされていたのは、同じくフォーキャスターの設置型アーツ「グラビティバインド」。重力がそのエリアだけ重くなり、ボスは地面に叩き伏せられたまま、マグマを大量に浴びる。継続ダメージが入った状態だ。

 後はもうハメ殺しだった。こちらが攻撃を当て続けることでボスのヘイトを稼ぐ。ボスに限らず、このゲームの敵は基本的に受けたダメージの総量が高いプレイヤーに対して攻撃を集中していく仕様だ。厳密には回復総量も含まれていて、味方の体力回復の総量が累積ダメージを超えると、回復させたプレイヤーにヘイトが向くなど、いくつか条件はあったりするのだが。

 グラビティバインドの効果時間は教えられていたので、できる限りDPS秒間ダメージを高めるためにスキルのない通常攻撃をひたすら弱点に浴びせた。そうしてボスの注意をこちらに向けさせると、


「よーしいい子だ」


 ニードルEYEのクールタイムが終わるまで全力でステップして逃げながら引き撃ち。グレネードも織り交ぜてノックバックで相手の動きを適度に固める。クールタイムが終われば、指定されたポイントへ逃げ込み、再びボルケーノマインとグラビティバインドに苦しむ敵に散弾を雨あられと浴びせていく。

 この戦法は、俺一人がひたすら引き撃ちを繰り返すよりは遥かに効率的だし、ニードルEYE一人ではクールタイムまでの間敵の攻撃を引き付ける必要があるため難度が高い。

 だが、2人なら、それぞれの役割に徹することができる。なるほど、これが協力プレイってやつか。


 マグマと散弾をたっぷり味わったボスは、ついに地面に倒れ伏し、その骸を消失させた。これでクエストクリアだ。


「お疲れさまでした」

「ありがとうございました、助かりました」


 ニードルEYEを見ると、早速ドロップした結果の書を装備したようだ。持っている魔導書のグラフィックが変わっている。


「お礼をしなければいけませんね……」

「あ、それでしたら俺から提案が」


 俺はこのプレイヤーの実力を高く買っている。であれば、俺が取るべき行動はただひとつ。


「あの、折角ですからフレンド登録しませんか。今後俺が何かクエストする時にお手伝いをお願いできれば」

「そんなことで良いんですか? ドロップ品やお金をいくらか提供することも考えたんですけれども」


 意外そうな答えが返ってくる。まぁ、ドロップ品やお金を貰ったところで、それはその場限りで済ませてしまうだけだ。

 MMORPGは助け合いなのだから、むしろ人との繋がりを大事にすべきだろう。ネトゲ内で新しい繋がりを持つのは大事だ。


「むしろ、お互いこうして知り合ったのも何かの縁ですし、フォーキャスターをソロで続けるのは大変でしょう。俺で良ければ、いつでもお手伝いしますよ」

「ありがとうございます……では、フレンド申請を」


 こうして、俺とニードルEYEは互いにフレンド登録を結んだ。これでいつどこにいても、チャットでコミュニケーションを取ったりすることができる。


「ふふ、それにしても、MANTA-RAYさんは優しいんですね」

「え?」


 唐突にニードルEYEがそんな事を言う。


「あぁ、すみません……レベル上げの最中でしたのに、私を助けて、クエストにも付き合っていただいて……動きも見事でしたし。まるでRPGの主人公みたいでしたよ」

「そんなに褒められるとちょっとこそばゆいですよ……」


 女性にここまで言われると正直照れる。いやホント、思い返すと俺ってホントお人好しだよな。MPKに警戒してたのは最初だけで、後は疑うこと無くこの人を手伝っていた。


「あ、それと俺のこと、呼びづらければレイでいいですよ」

「では、レイさん、と。私のこともアイとお呼びくだされば」


 確かに、ニードルEYEと呼び続けるのはチャット画面だとちときつい。その提案に乗らせてもらうとしよう。


「では、私はこれで。またお愛しましょう、レイさん」

「えぇ、お疲れさまでした、アイさん」



 アイはペコリとお辞儀のモーションをすると、ログアウトした。

 俺も今日は街に戻ってドロップ品を売ったら落ちるか、と思い、転移アイテムの「ポケットポータル」を使うと、聖都ロディンに戻る。

 街の雑貨屋でドロップ品を売りながらレベルを見れば、今日1日でかなり上がったらしく、レベルは20にまで伸びていた。多分アイも同じくらい伸びているはずだ。ギルド加入まではまだかかりそうだが、もしもギルドに入ることがあれば、その時はアイも誘ってみようか、と考えるのだった。


 ◆


 これがこの日の顛末だ。

 この日の出会いが後々色々なことに関係してくるんだが、まぁそれは追々話すとしよう。

 ただ、これだけは言っておく。


 アイとは俺がこのゲームに囚われて以降も関係が続いている。そして、ある意味では、俺がこのゲームから脱出するための鍵を握るのもアイなのだ。だから、この日の出会いはある意味行幸だったと言える。

 俺はアイのためにも、このゲームから無事に脱出しなければならないのだ。

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囚われのMMORPG ~メインシナリオクリアするまで出られません~ バートレット @BartlettP

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