第四話 飛龍

 織田信長が描く中国地方の毛利討伐を担い羽柴秀吉はその最前線となる備中高松城(岡山県岡山市)を包囲し、赤松広秀はその軍下で静かに馬を並べていた。

堅牢な高松城に籠城する盟主 清水宗治しみず むねはるを燻り出すため秀吉の軍師 黒田官兵衛は足守川の堤を決壊させ水龍に高松城を襲わせた。

程なく高松城は人造の湖上に浮かぶ。


凶報はいつしも前触れなく生ける者の背を刺した。

京の本能寺で織田信長が忠臣 明智光秀の凶刃に討たれ業火に散った。しかし秀吉は顔色ひとつ変えず信長の死を毛利方に気取られぬよう講和を急がせた。それは高松城主 清水宗治の首と開城を引き換えに城兵の助命を約束するものだった。


月影写る湖上の高松城から清水宗治を乗せた一艘の小舟が羽柴軍の篝火が照らす湖面に漕ぎ進んでくる。場は静まり返り炎にくべられた薪のはぜる音だけが闇に響いている。

死装束を纏う清水宗治は船上でそれは美しい一指しを舞うと羽柴軍から感嘆の溜息が漏れる。吹けば飛ぶ小さな灯が敵勢二万を虜にしていた。

舞を終えた清水宗治は座を正し躊躇ためらうことなくはらを切った。享年四十六


 浮世をば 今こそ渡れ 武士もののふ

     名を高松の 苔に残して


「明智光秀を討つ!」

始終を見届け人知れず涙を拭った羽柴秀吉の檄に軍下が応じ大地を揺らす。秀吉は夜を徹し後に名高い中国大返しを強行すると、京に届いた雷撃の如き一閃が明智光秀を貫き天下統一の覇道を駆け登っていく。


赤松広秀は中国大返しで突如 飛龍と化した羽柴軍の殿しんがりを務め上げると、後に秀吉の赤母衣衆として頭角を現してゆく。


そして赤松広秀は羽柴秀吉から但馬朝来郡二万二千石を与えられ運命の城 竹田城(兵庫県朝来市)の城主に封ぜられる。


 その生涯を通じ羽柴秀吉はおよそ大義と呼べるものを持たず、ただ己を百姓の身分から引きり上げた織田信長に対する悲痛なまでの畏敬の念だけに突き動かされていた。

それ故、天下統一を果たしてなお信長が描いた大陸侵攻の夢を盲目的になぞらえたに過ぎない秀吉晩年の策は無益に日本の国力を削ぎ落していく。

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