第四十四幕 立ち向かう者達(9)

 時はわずかに遡る――


「おいおい、なんなんだよこいつは……!」


 工房の試作室へと案内されたバスタは、青年に見せられた武器に驚愕した。


「これが、あなたに預けたい武器です。

 ツーハンデッドソードを自在に操るあなたになら、これを使いこなす筋力と体幹が備わっていると俺は思っています」

「そうは言うが、見たこともねぇぞこんなもの!

 いったいどういう武器なんだ……!?」


 長身のバスタですら見上げるほどの長大な武器が、部屋の片隅にガッチリと金具に固定される形で壁に貼り付けられていた。

 それは、シルエットこそ柄と刀身の揃った剣のように見えるが、実際には異質で歪な形状をしている。

 柄らしき部分は、一般的なサーベルの柄に備えられているナックルガードのような形状の持ち手となっている。その持ち手も、並みの刀剣類と比べて分厚い。

 鍔に相当する部分には、横にこれまたナックルガード付きの持ち手が取り付けられており、先の柄とこの鍔の握り手は、縦と横に交差する形になっていた。

 このような異質な形状から、人間が片手で扱える武器とは思えない。

 バスタは両手でそれぞれの持ち手を握って、この武器の重量を支えるのではないかと推測した。

 そして、刀身部と思わしき部分は、細長い楕円状の分厚い金属版になっており、その金属板の外側の厚みに掘られた溝には、小さな刃が数珠繋ぎに連結された状態で押し込まれ、楕円を一周するように巻き付けられている。

 さらに加えるならば、鍔に相当する部分の一部に穴が開いており、そこから太い紐が伸びているが、用途はわからない。


「時間もないので、簡単に説明します。

 まぁ、とても一言では言い表せないんですが――」


 青年は武器の隣に立って、各所を指差しながら説明を始める。


「――この武器は連結された小さな刃を、楕円状の厚みの周りを高速で滑るように回転させ、刃に触れた対象物を秒間数十回斬りつけることで無理やりぶった斬るという代物です」

「お、おう……」

「素材はウーツタイトに硬化ニスを塗って強度を高めていますが、回転する刃だけはすべてミスティタイトで加工してあるので、鋼鉄以上のものでも造作もなく断ち切れます。

 でも、殺傷力を突き詰めた代償に、刀身部が長大になってしまって、持ち手部分を二箇所――柄と鍔に当たる部分――に用意しないと、使用時にとてもバランスが取れなくなってしまいましたけどね」

「刃を回転って……どうやって回転させるんだ?」

「持ち手部分にある穴から、ロープが伸びているでしょう。

 これを勢いよく引っ張ることで、柄の内側にある歯車が回転を起こす仕組みになっています。

 刀身の連結刃は、その歯車の回転力に引っ張られて動くわけです」


 青年がさっそくロープを引っ張って実践する。

 彼が両手でロープを思いきり強く引くと、ギュイイイインという耳をつんざくような音と共に、金属板の溝を、火花を散らしながら連結された刃が高速回転を始めた。

 その回転は少しずつ遅くなっていき、数秒後には動きを止めた。


「どうです?」

「……ミスティタイトと言えば、今じゃ幻の金属じゃないか。

 数十年前にはもう鉱山から発掘され尽くして、市場にも滅多に出回らないって代物だよな」

「偶然手に入れることができたんで、この武器の刃の素材に使いました。

 敵を直接斬り刻むもっとも重要なパーツですからね」


 バスタはこの武器に驚嘆していた。

 否、こんな物騒な武器を造った目の前の青年に正直なところ引いていた。


「いや……本当に凄いぜ、この武器は。

 ミスティタイト製の刃に加えて、それが高速回転するとは。

 いけるぜ。これなら、あの化け物を斬り殺せる!」

「分厚い鋼の板も、この武器で両断できることは実証済みです。

 ただ、欠点としては長時間の連続回転をさせられないってとこですかね」

「一度回転させると、何秒間、威力を維持できるんだ?」

「最高速は、回転直後の3秒弱まで維持されます。

 それ以降は回転が遅くなって威力が著しく落ちます。

 斬りつける対象の強度によっては、さらに短くなるでしょうね」

「だが、回転が止まり次第、すぐに再回転させればいいんだろう?」

「それなんですが……。

 間を置かずに連続回転を行うと、徐々に熱がこもっていって、刃の滑る溝や内部の歯車が溶けだしてしまうんです」

「そうなのか……それじゃあ」

「勝負するなら短期決戦!

 それが難しければ、最低でも三十秒は間を置いてから再回転してください」

「あの化け物相手に三十秒も攻撃できない隙があるのか……」

「一対一なら絶望的ですが、あなたは一人じゃない。

 熱をクールダウンさせている間は、仲間達になんとかしてもらってください」

「無茶言ってくれるぜ」

「バイコーンを倒すなんて無茶を実践するんです。

 無茶なことをしないと、実現なんてとてもとても……」

「ああ、その通りだ。

 今回ばかりは計算じゃねぇ……無茶してでもやらなきゃな」


 その後、壁から拘束を解かれた武器は、バスタの手に渡った。

 持ち上げた時にズッシリとした重量感を受けて、さすがのバスタもこの武器を何度も振り回すのは困難だと感じた。

 しかし、バスタの筋量ならば振り回すことは不可能ではない。


「……で、この武器の名前はなんて言うんだ?」

「ぶっちゃけ試作品ですから、名前なんてありません。

 でも、まぁ……あえてつけるなら、刃車鋸(ハグルマノコ)ってとこですかね」


 その名前を聞いて、バスタは発想の原点はノコギリなのだろうと察した。

 たしかにノコギリは、使い方次第で鍛錬を積んでいない人間でも大木を切り倒すことができる。

 それを武器に転用するのは、凄い発想の飛躍ではあると思ったが……。


「しかし、こんな武器をよくもまぁ造り上げたもんだ。

 機械式の武器なんて、聞いたことねぇよ」

「……どうしても殺したい魔物がいるんです。

 そのために古今東西の武器を調べて、たどり着いた答えがそれです。

 もっとも、本当に正しい答えかどうかは、あなたがこれから出してくれるわけですけれど」

「俺を実験台に使うわけか……だが、まぁ、それもいいだろう。

 いつの時代でも、魔物を斬り伏せるのは人間だ」


 数多の御伽噺にあるように。

 数少ない現実の逸話にあるように。

 人間の剣が、理不尽への怒りでもって、魔物を斬り伏せてきた。

 千年以上、魔物の脅威と共存してきたこの世界に生きる人間の一人として、まさしくこの武器は"救世主の剣(エクスカリバー)"となり得るかもしれない。







「バスタ君!」


 サルカスの声が広場の空をこだまする。

 その声をかき消すかのように、ギュイイイイインという騒音を発しながら、バスタは屋根を上を飛び跳ねた。


「うおおおおおおおっ!!!!」


 連結刃が楕円状の金属板を高速回転しながら、空中より振り下ろされる。

 バイコーンは音のする方角を見上げて、空中から迫ってくる男を視界に映した。

 とっさに額に生えた二本角を突き上げて迎撃する。


 ギャウウウウウウッ――


 耳をつんざくような鋭い音を響かせ、バスタの刃車鋸は接触したバイコーンの角を激しい火花を散らしながら、粉々に砕いていく。

 それと同時に、角の側面を伝って獣の額へと連結刃が落下する。

 連結刃が獣の額へと当たるやいなや、体表を破り、皮膚を擦り切ると、筋繊維を抉り出して、頭骨をブチ割り、脳漿をかき回した後、下顎まで掻っ捌いた。


「……ッ!!」


 あまりの重量に、刃車鋸がバスタよりも先に地面へと落ちた。

 地面に落ちても、なお回転を続けていた連結刃は、軽々と石畳に深い溝を抉りこんでいった。


「うおっ!」


 バスタは落下してきたバイコーンの馬面を避けて、地面に突き刺したままの刃車鋸を引きずりながら獣から距離を取った。

 尻もちをついていたサルカスもバスタの後を追いかけていくが、その意識は彼が手にしている異質な武器へと釘付けとなっている。


「バスタ君、それ、いったいなんなんだい!?

 いいい、今、バケモンの顔をぶった斬っ……!」

「預かりものだよ!

 どんな魔物もぶっ殺せる最強の矛、だとよ!!」


 バイコーンからある程度の距離を取ったバスタは、刃車鋸を持ち直した。

 あまりにも重量がかさむため、刀身を浮かせながら持ち手を掴み直すことすら困難なのだ。

 そこへ、数人の足音が近づいてくる。


「バス!」

「バスタ殿!」

「バスタ、あんた何持ってきたんだよ!」


 バスタの周りに、クロエとセンカとディンプナが集まってきた。

 バスタは、サルカスを含めた仲間達――四人の顔を順々に見据えていった。


「悪かったな、遅れてきてよ。

 ちょっと頭を冷やしていたんだ」


 溜め息をつくクロエ。

 少しだけ口元を緩ませるセンカとディンプナ。

 サルカスに至っては、気持ちが上がっているのか、笑みを絶やさない。


「で、作戦は?」

「そんなもん、ねぇよ。

 みんなでやつの注意を引いてもらって、こいつでぶった斬り次第、大砲をそこへ撃ち込んでもらう」

「バスタ殿にしては、やけにシンプルな策でありんす」

「ちゅうい、ひく」

「やりましょう! 姉御、みんな!」


 五人は並んでバイコーンへと向き直った。

 当のバイコーンは、地面に落ちた自らの顔の断面へ、首の先の断面を重ね合わせていた。

 次に獣が首をあげた時には、バスタがぶった斬ったはずの馬面がピタリと切断面にくっついており、わずかに側面に傷痕を残すのみとなっていた。

 零れ落ちていた脳漿や黒い血は、傷痕の隙間へと吸い込まれて行き、粉々に粉砕されたはずの額の角も元通り生え出してきている。

 おそるべき再生力は健在だが――


「バスタ君の武器があれば、バイコーンの頑強な体も斬り裂ける!

 十分、勝機が見えてきたっ」

「あまり興奮するなよ、サルカス。

 悪いが、こいつを再回転させるにはまだ少し時間がかかる。

 それまで、動けるやつ全員であいつの注意を引いてくれねぇか」

「今すぐ使おうとしたら、どうなるわけ?」

「ぶっ壊れて使い物にならなくなる」

「……なるほどね。

 世の中、早々都合よくはいかないもんだ――」


 斧部が破損したハルバードを、槍を持つように構え直してクロエは続ける。


「――憲兵や他の冒険家もまだ動ける!

 あたし達が時間を稼ぐから、あんたはそいつであの化け物を掻っ捌きな!!」

「バスタ殿。やつの心臓近くを、できるだけ深く抉ってくんなまし。

 心臓近くに毒を放てば、あるいはやつの動きを……」

「ああ、わかった」

「バスタ君、俺は姉御と……」

「おう、死なない程度の無茶にしとけよ」


 バスタとサルカスは互いの拳をぶつけ合う。

 本来、物事が都合よく動いた時の自分達だけのルーティンなのだが、これには実はもうひとつの意味も込められていた。

 それは別れの時の、再会の約束だった。


「よぉし!

 これが最後の攻撃だと思って、てめぇら気合入れなよ!!」


 クロエを先頭に、その後ろにはサルカス、ディンプナと続き、冒険家と憲兵達が鬨の声をあげながらバイコーンへと突撃する。

 が、バイコーンはそんな彼らに付き合う気は毛頭なかった。


「グルルルル……」


 どんな構造になっているのか、バイコーンは額の二本角を激しく回転させ始めた。

 そして、二本の角それぞれの方向と角度を、鼻先の前方へと突き出るように可変させ、猛獣が取るような前傾姿勢を見せていた。


「おいおい、ありゃあ……」


 バスタの目に映ったそれは、いつぞや仕事で遭遇したククリライノスの頭部に生えた鋭利な二本角を思い起こさせた。

 ククリライノスは縄張りを荒らす者が現れると、真っすぐ標的へと向けた二本角を突き出して突進してくる。

 まさにその状況を思い出させる光景だった。

 すなわち避け損なえば、死——


「狙いを俺に定めたか!」


 バイコーンは群がる人間の波を押しのけて、刃車鋸を持ったバスタへ向かって一直線に突進した。

 バイコーンは、この場でもっとも危険な存在を察知して、何よりも先に仕留めるべく動き出したのだ。


「……仕方ねぇ。

 まだ三十秒経っちゃいないが……持ってくれよ!」


 バスタは持ち手から伸びるロープを握り、力いっぱいに引っ張った。

 内部で複雑に噛み合った歯車が一斉に回り出し、その運動が金属板の周りに巻き付いた連結刃に高速回転をうながす。


 ギュウウウウウウウイイイイイイッ――


「正面からぶった斬ってやらぁぁっ!!」


 刃車鋸を振りかぶり、向かってくるバイコーンにタイミングを合わせようとした時、獣は突き出した角を地面へと当てた。


「なんだ!?」


 突進しながら二本角で地面の石を削り取り、首を突き上げることで、それを石つぶてとしてバスタめがけて弾き飛ばしたのだ。


「ぐぅわっ!」


 高速で飛んでくる石をぶつけられ、バスタは体勢を崩してしまう。

 そこへ二本角を突き出しながら突進してくるバイコーン。

 今のバスタには、胴体を狙って突っ込んでくる二本角を避ける術はもはやなく――


「!!」


 ゆえに、仲間の手によって助けられた。

 バイコーンの二本角がバスタの胸を貫く寸前、首に巻き付けられたロープによって、その巨体が後ろへと引っ張られたのだ。


「よいしょおおおおっ!!」


 ロープを引っ張っているのは、ディンプナだけではない。

 サルカスも、クロエも、他の冒険家や憲兵達までも、皆の力でバイコーンに繋がるロープを手繰り寄せたのだ。


「人間、一人で生きているわけじゃないって言うけどよ――」


 ぐらりと体勢を崩したバイコーンの胸へと狙いを定めて、バスタは回転を続ける刃車鋸を振り下ろした。


「――たしかにその通りだぜ!!」


 高速回転する連結刃の接触面が火花を散らした後、刃車鋸はバイコーンの胸を氷河に裂けたクレバスのように深く広くブチ破った。

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