第四十三幕 立ち向かう者達(8)

「うおおおおーーーっ!!」


 先陣を切って、クロエがバイコーンへと斬り込む。

 バイコーンはクロエがハルバードを振り下ろすより先に、彼女に向かって尻尾を振り回して攻撃を阻害した。

 その尻尾を、後から追いついた冒険家が鞭によって絡め取る。


「行けっ」

「言われんでも!」


 尻尾の下を潜り抜け、クロエは再生中の首を狙ってハルバードを振り上げた。

 対するバイコーンは身を捻り、その一撃を傷のない部分へとあえて打たせることで、弾き返した。

 反動でよろめいたクロエに、獣は額の二本角で反撃する。


「危ねぇっ!!」


 剣のように鋭利な角がクロエの頭をかち割ろうとした瞬間、彼女の両隣から突き出た二本の三叉槍によって、振り下ろされた角が間一髪で押し止められる。

 しかし、その衝撃に耐えきれず、三叉槍の刃には亀裂が生じてしまう。


「あぐぐっ……なんて力だ」

「姉御、さっさとブチかましてくれぇっ!」


 二人の冒険家のフォローで難を逃れたクロエは、あらためて獣の首へ向けてハルバードを振り上げた。

 が、それが首へと届く前に、クロエは前足で蹴り飛ばされてしまう。


「がふっ!」


 吹き飛ばされたクロエを、背後を守っていたサルカスがかろうじて受け止める。


「大丈夫ですか、姉御っ!?」

「な、なんとか」


 クロエは胸を押さえながら、小さく吐血する。

 獣の足蹴りを受けた際、ハルバードがクッションとなって直撃は避けられたが、それでもあばらを数本折られるほどのダメージを負っていた。

 サルカスはクロエをかばいながら、バイコーンへと指を差す。

 それが合図となって――


「射るのか!? 避けられるかも……」

「知るか! 射るしかねぇだろう!!」


 少し距離を置いたところに待機していた弓持ちの冒険家達が、バイコーンへ向けて一斉に矢を射る。

 矢は弧を描いてバイコーンの頭上から降り注ぎ、背中へと落ちた矢は火薬による爆発を起こした。

 背中の筋肉は腹部よりも頑強で、先ほど腹を狙って爆裂させた時のような効果は見込めなかった。

 が、それでも冒険家達は矢を射るのを止めない。


「そのまま射続けろ!

 バケモンの注意を引きつけるんだ」


 バイコーンは爆裂矢の雨に苛立ち、角を押さえる三叉槍の冒険家達を蹴り飛ばすと、司令塔の役割を担うサルカスとクロエに向かって一気に駆け出した。


「こっち来やがった!」


 とっさの判断で、サルカスはクロエを抱きしめたまま真横へと身を躱した。

 タックルの直撃は回避できたが、バイコーンはすれ違い様にサルカスの足を尻尾で絡め取り、彼を引きずりながら弓持ちの冒険家の列へと突っ込んでいく。


「ぎゃあああっ!」

「に、逃げろぉぉ」


 弓を射る間もなく、冒険家達は次々とバイコーンの角によって薙ぎ倒された。

 足首を絡め取られていたサルカスも尻尾によってぶん回され、鈍器として仲間の冒険家への攻撃に使われてしまう。


「ぐふっ……この……!」


 サルカスはなんとか尻尾を振り解こうと試みるが、不意にふわりと浮遊感を覚え、空中に弧を描きながら石畳へと叩きつけられた。


「サルカス!」


 サルカスに押し飛ばされて一緒に引きずられることはなかったクロエだが、胸の痛みが響いて彼を助けに行くこともままならない。

 今にもバイコーンに斬りかかりたい衝動を抱えながらも、膝をついたまま身動き取れない自分に歯噛みする。


「真っ向勝負じゃ太刀打ちできねぇよ!

 とりあえず引き倒すしかねぇ」


 混戦に巻き込まれなかった冒険家がロープに輪を作り、輪投げの要領でバイコーンの首へと投げ飛ばす。

 その輪はうまい具合に獣の首を捉えたが、いくら引っ張っても冒険家一人の力では獣の巨体を傾かせることすらできない。

 それどころか、首を振り回すバイコーンにどんどん引きずられて行ってしまう。


「くそっ」


 胸の痛みを押して、クロエもそのロープを引っ張るのに力を貸した。

 が、クロエが加わったところで、状況は一向に変わらない。

 別の手を模索するべきかとクロエが考え始めた時、突然ロープがギンと張って、バイコーンの首を傾かせた。


「……ディンプナ!」


 クロエの後ろから、ディンプナがロープを手繰るのに手を貸していた。

 彼女の怪力によって体勢を崩したバイコーンは、またも地面へと引き倒された。


「……!」


 ディンプナの目配せを受けて、クロエはハルバードを手に走った。

 胸の痛みなど気にする余裕もない。


「うおああああーーーっ!!」


 地面に頭をこすりつけているバイコーンの下顎へと、全霊を込めてハルバードの横刃を叩きつける。

 その一撃は重く、ドバッと黒い血を撒き散らしながら、再生しかけていたバイコーンの頬骨を粉砕し、筋繊維をザックリと斬り裂いた。

 しかし、その衝撃に耐えきれずにハルバードの刃は砕け散ってしまう。


「しばらくお寝んねしてろっ」


 クロエは吐き捨てるように言うと、斧部の刃を失ってずいぶんと軽くなったハルバードを引きずりながら、倒れているサルカスのもとへと駆け寄った。


「おい、生きてるか!?」

「うう……死ぬかも」

「よし、大丈夫だな!」


 クロエはサルカスの腕を無理やり肩に回すと、痛みで悲鳴をあげる彼を無視して、その場から急ぎ離れた。

 バイコーンはそんな彼女らを逃すつもりは毛頭なく、すぐさま追いかけようと前足で石畳を踏み砕いた。

 クロエに気を取られたその隙を、ディンプナが見逃すはずがない。

 立ち上がったバイコーンの前足へと大鋏の刃をひっかけ、即座に足首を切断する。


「ガアアァッ!!」


 支えを失ったバイコーンは横転し、鼻先から地面へと突っ込んだ。


「あいて、こっち」


 ディンプナは片方の指輪(しりん)から手を離し、一方のみで大鋏の持ち手を掴んだまま、踊るように身を回転させる。

 その回転の遠心力を利用して、折りたたまず開いたままの両刃をバイコーンの首筋へと叩きつけた。

 ドォン、という鈍い音と共に、パックリと巨大な裂け目が獣の首に穿たれた。


「狙える!」


 広い傷の裂け目を視認すると、センカはすぐにガラスクナイを取り出して投擲の体勢に入った。

 しかし、それを警戒してか、バイコーンは地面の上で寝返りを打つようにして身をひるがえした。


「……っ。

 やつは毒を警戒していんす!」


 センカはやむをえず投擲を控えた。

 猛毒の仕込まれたクナイは三本しか確保できず、すでに一本は使用済みである以上、残り二本は絶対に無駄にできない。


「兵将補、我々も行かせてください」

「お前達……」


 冒険家達が奮戦する頃、生き残りの憲兵達がゴットフリートの周りへと集まり始めていた。


「我らも戦闘に参加すれば、やつの動きを止められる可能性が増します」

「お願いします、やらせてください!」

「冒険家の彼らばかりに命を懸けさせるのは、兵士の恥です!!」


 先の戦闘ですでに重傷を負っていた彼らは、ゴットフリートより戦場からの退避を命じられていた。

 しかし、彼らは戦場を離れることを固辞した。


「そんな傷で、何ができると言うのだ」

「国のために命を懸けるのが、憲兵の務めでしょう!」


 ゴットフリートは頭を抱えて溜め息をつくと、次の瞬間には憲兵達を睨みつけた。


「貴様らの命、受け取った。

 しからば、憲兵の使命を果たしてこいっ!」

「はっ!!」


 槍歩兵が、弓兵が、傷を押して広場へとなだれ込んでいく。

 彼らの後ろ姿を見送りながら、ゴットフリートは独りごちる。


「若者を死地へと赴かせるのが老兵の務めとは思わん……。

 必ずや、あの化け物を仕留めねば!」


 その心意気のまま、彼はわずかに残った砲兵達へと叫ぶ。


「バイコーンから一瞬でも目を離すな!

 必ず訪れるチャンスを見逃さず、標的へと砲口を向け続けろっ!!」


 広場は混戦を極めた。

 冒険家が、憲兵が、ディンプナが――

 付け焼刃ではあるが、彼らの命懸けの連携を前に、バイコーンは攻めあぐねた。

 首や足に巻き付けられたロープを力任せに引っ張り、獣の動きを阻害する者達。

 槍で距離を保ちながら、チクチクと獣を突いて苛立たせる者達。

 獣を取り囲み、その頭上から爆裂矢による奇襲を試みる者達。

 そして一瞬でも隙を見せれば、すかさず大鋏で切り込んでくるディンプナ。

 一丸となった彼らの士気が、バイコーンにわずかながら焦燥を抱かせ始めた。


「バケモンが後ずさってる!

 このまま建物の壁まで押しこめぇっ!!」


 サルカスは負傷を押して、その混戦の中にいた。

 広場に横たわる冒険家や憲兵の死体から大量に短剣をくすねて、それらをバイコーンの両目へと間を置かずに投げ続ける。

 一瞬でもバイコ―ンの視界を潰せば、ディンプナが決定的な傷を負わせてくれる。

 それは大砲とセンカの毒による、最終攻撃に繋がるはずだ。

 サルカスはより確実に獣の視覚を潰すために、他の連中を押しのけて、前衛に出てまで短剣を投げ続けた。


「グウゥッ」


 そのうちの一投が、偶然にもバイコーンの瞳を貫いた。

 不意に浴びたその一撃に、獣はうめき声をあげて大きく首をのけぞらせる。


「今だ!」「今だ!」


 センカとゴットフリートが同時に叫び、それぞれ攻撃の準備に手を動かす。

 が、どちらも攻撃へと転じることができない事態が広場では起こっていた。


「うおおっ」


 サルカスが射線を開けようと後ずさる際、獣が地面に忍ばせていた尻尾に足首を絡め取られ、宙吊りにされてしまったのだ。

 その事態に、攻撃の手を緩めなかった冒険家や憲兵達の手も止まる。


「何やってんだ、馬鹿!」


 冒険家の中に混じっていたクロエが叫んだ。

 クロエの非難を受けて、サルカスは目潰しが失策であることを痛感した。


 ――くそ、このバケモン!

   俺の油断を誘うために、わざと片目を犠牲にしやがったんだ!


 ジタバタと暴れてみるも、空中に吊り下げられた状態では無駄なあがきだった。

 そして、この状況では大砲の射出も、毒クナイの投擲もできない。


「……まさか、やつはサルカスを盾にっ!?」


 ゴットフリートの察した通り、バイコーンはサルカスを自分の傷の前にピタリと吊り下げたまま、身動きを取らなくなった。

 まさしく大砲とセンカの毒から身を守るための盾としたのだ。


「小賢しいっ! 悪知恵を働かせおって……!!」


 ゴットフリートは怒りがこみ上げた。

 生きている人間を盾にすることで、バイコーンはこちらの持つ切り札の無力化を試みたのだ。

 こんな真似までされては、もはや手の打ちようがない。


「旦那、撃ってください……!

 センカさん、俺のことは構わず……!」


 逆さ吊りにされながら、サルカスは自分の迂闊さを呪っていた。

 ディンプナがどれだけバイコーンを手玉に取っても、結局のところ決め手となるのは憲兵隊の大砲か、センカの毒だけだ。

 それらが封じられては、バイコーンを殺すことが不可能になる。

 ましてや、このままバイコーンに傷が癒えるまで時間を稼がれたら、ようやく見出せた討伐の可能性も水泡に帰してしまう。


「無念で、ありんす。

 口も首も……傷が塞がっていく」


 バイコーンの隙をうかがっていたセンカは、とうとう勝機が失われようとしている現実に嘆いた。


「ちく、しょう……」


 サルカスは自分が討伐の障壁になった無念さに涙さえ流した。

 最後の最後、化け物に負け惜しみでも言ってやろうと逆さに吊られたままバイコーンへと向き直ると、彼は目を丸くした。

 すぐ近くの建物の屋根の上――

 そこから、巨大な剣がくるくると回りながら、こちらへ向かってきたのだ。

 直後、凄まじい衝突音が広場へと轟いた。


「うおっ」


 飛んできた大剣はバイコーンの首へと衝突し、その余波でサルカスの足首に巻き付いていた尻尾が振り解かれた。

 サルカスは地面に落ちていく刹那、建物の上に立つ人影を目にする。


「なんだぁ!?」

「何かが飛んできた!」


 獣の首へと衝突した大剣は刀身が粉々に砕け散り、その破片を身に浴びた冒険家や憲兵達は、何事かと騒然となった。


「今のは――」


 その場にいる多くの者達が唖然とする中、サルカスだけはバラバラに砕け散っていく大剣の柄を見て、それが何か一目でわかった。


「――斬馬刀!」


 地面に尻もちをつきながら、サルカスは叫んだ。

 こんな大剣を扱える者は、サルカスの知る限り一人しかいない。


「借りを返し終わる前に死なれちゃ困るぜ、相棒」


 屋根の上に立つ影より聞こえた声に、サルカスの顔は笑みをたたえた――

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