エピローグ

第四十六幕 後始末(1)

 こたびのバイコーン副都襲撃による犠牲者――

 機動憲兵隊の憲兵、死者125名、重軽傷者214名。

 アドベンチャーズ・ユニオンの冒険家、死者14名、重軽傷者16名。

 副都の人々にいたっては、死者500名以上、重軽傷者は1000名を超える。


 たった一匹の魔物を殺す代償として、この犠牲はあまりにも多すぎた。







 バスタ、サルカス、クロエ、センカ、ディンプナの五名は、グランドレイクの縁から、遠目に見えるラウンドテーブルの中央区を眺めていた。

 簡易的な傷の手当を受けた後、五人は誰が呼びかけるでもなく、自然とその場所に横並びになっていた。


「なぁ、お前達はこれからどうするんだ?」


 不意に、バスタが口を開いた。


「わっちは、ディンと一緒に都を出るつもりでありんす」

「うん」


 最初に返答したのは、センカだった。

 彼女に寄り添うディンプナも、同意の返事をする。


「あたしはしばらく休暇だね。

 過去に三日三晩、魔物の群れと戦ったこともあるけれど、たった一日でその時の三倍は疲れた気がするよ」


 すべての刃を失って棒切れのようになってしまったハルバードを撫でながら、疲れ切った声でクロエが言った。


「俺は……ユニオンの酒場に入り浸って、セシリアちゃんに二人っきりでお酌してもらいたい……」

「それ、ただの願望じゃねぇか」


 一人大の字に寝そべりながら、だるそうな様子でサルカスが言った。

 バスタも突っ込みを忘れない。


「……ていうかさ、あんた達。

 結局のところ、何のためにユニコーンを捕獲しようとしたわけよ。

 本当の理由をちゃんと聞かせてもらいたいわね」


 思い出したように、クロエが問いただす。

 その問いに、バスタもサルカスも苦笑いを浮かべる。


「……最初の好奇心が、とんだことになったもんだ」

「うーん……。

 俺、それを考えるためにしばらく閉じこもっていたい……」


 クロエがさらに追及しようとした時、彼らの後ろに憲兵を連れたゴットフリートが現れた。


「ご苦労だったな、お前達」


 バスタ達が見上げると、ゴットフリートもまた疲弊した顔をしていた。


「旦那、また一段と老けたんじゃねぇか」

「犠牲者の数と、都の荒れようを視れば、理由もわかろう」

「お疲れ様っす。

 旦那も年なんだから、無理しない方がいいっすよ」

「サルカスよ。

 お前、さっき閉じこもりたいとか言っていたな?」

「ああ、そうですよ。

 こんな騒ぎになっちまって、思うところがあるんす」

「たっぷりと閉じこもるといい。

 お前達二人、都の監獄への投獄が決まった」


 突然のことに、その場の四人――ディンプナを除く――が驚いた顔をする。


「おいおい、何の冗談だよ旦那!」

「それって逮捕ってこと? なんで俺達を……」


 バスタとサルカスは真っ先に不満を露わにした。

 が、ゴットフリートからしてみれば、実直に任務を遂行しているに過ぎない。


「あっちで冒険家どもから話を聞いた。

 ユニコーンの捕獲計画と、バイコーンの正体、そしてお前達が丘陵でレンジャーを出し抜いて立ち回っていたことも」


 サルカスとクロエは、ユニオンの冒険家に応援を頼む際、おおよその事情を全員に説明していた。

 その彼らの口から、憲兵に知られると面倒な事情が伝わってしまったのだ。


「あー……」

「そりゃあ言わざる得ないよね……」


 サルカスとクロエは二人揃って頭を抱えた。


「と言うわけで、だ。

 お前達二人は、この事態を招いた主犯格として逮捕する」

「ねぇ、あたし達のことも逮捕するわけ?」


 クロエがゴットフリートに訊ねた。

 少し間をおいて、彼が返答する。


「主犯格はこの二人で、お前達三人は共犯者だが……。

 今回のバイコーン討伐に貢献した事実があるからな。

 根本原因を作ったこいつらだけで十分だ」

「やった、ラッキー」


 感情を込めずにクロエがつぶやいた。


「そりゃ、あんまりだぜ旦那」

「お前達も貢献者だ。裁判ではそれについても言及される。

 十年、二十年と監獄に入れられることはあるまい」

「まぁたあの不味い飯を食わされるのか……。

 旦那、少しは監獄の食事を改善してくださいよ」

「前に入ったのはもう何年も前だろう。

 あれから少しはマシになったそうだぞ、よかったじゃないか」


 ゴットフリートの嫌味に、バスタもサルカスも気分を落とした。

 普段ならば暴れてでも逃げ出すところだが、限界まで疲弊している今の彼らには、逃げる気力もなかった。


「まぁ、反省して数年で開放されるだけ、お前達はいい」

「? 何言ってんだよ」

「立場上、私はこの件の責任を追及されるからな。

 もう憲兵を続けることはできんだろう」

「そりゃあ、お気の毒」

「お前達のおかげで、長い休暇に入れそうだ。

 服役中、大人しくしていれば差し入れを持って行ってやる」

「ディーヴァのカカオボードと、高級ショコラトルを頼むぜ。

 あと、南部のハーブ酒も一緒に」

「俺は、バター付きのパンがいい。焼きたてのやつ。

 ディナーには蜂蜜酒も一緒で」

「……そんな豪勢な差し入れが認められるわけなかろう」


 日は傾き、沈みゆく赤い太陽が傷ついた街並みを照らし出す。

 長かった一日がようやく終わろうとしていた。


「バスタ君」

「なんだよ」

「次は何をしようか」

「……そうだなぁ」


 バスタは少し悩んだ後、答えた。


「副都はもう飽きたしな。

 次は帝都に行って、カジノで大博打でもしてみるか?」

「はは。いいね、それ!」


 二人の会話を聞いていたクロエは、溜め息をつきながら言う。


「……懲りないね、あんた達も」

「お前もギャンブル好きだろ?」

「博打は懲りたよ。

 あの時、赤に賭けたのがそもそも間違いだった」

「ははは。

 赤でも黒でも、お前は俺に負けてたさ」







 この日の出来事は、後に西部バイコーン騒乱と呼ばれるようになる。

 騒乱の原因を作ったバスタ、サルカスの二名は、その日のうちに投獄され、裁判の結果、五年の実刑が決まった。

 ただし、彼らはバイコーン討伐に貢献したことで、枢機卿からの恩赦が出て刑期は短縮されるという噂がある。



 クロエは、黒き獣バイコーンの討伐に貢献したことで、不本意ながら"黒い血のクロエ"のあだ名にさらなる箔がついた。

 彼女は褒美として贈呈されたユニコーンの角——一本のみであるため——で、ユニオンの鍛冶師に破損したハルバードに変わる得物の製作を依頼した。

 新しい得物が完成した後、いろいろあって副都に居にくくなった彼女は、南部へと旅立った。



 センカとディンプナは、翌日には副都から姿を消していた。

 バスタとサルカスは彼女達のことを一切漏らさず、結局、憲兵省がこの二人の正体を知ることはなかった。

 後日、収監中のバスタ宛てに白面金毛女楽のローシュから、嫌味がつづられた手紙が届いた。



 ゴットフリートは、自ら予感した通り憲兵職を辞することとなった。

 上層部の圧力に反発しようにも、ゴットフリートは騒乱で部下を失い過ぎた。

 過去の功績から罪状はつかなかったが、近いうちに副都からの追放を打診され、彼はそれに従う意向を示した。

 戦場でも、会議室でも、戦いはもうこりごりだと言う。



 ポーリーンは、傷を癒した後に特級弓士の資格を獲得した。

 その後もレンジャーズ・ユニオンで活躍するが、ある時、枢機卿から客員弓士として誘われたことで貴族への失望を決定的なものとし、活動の場を地方の町へと移した。



 マダム・ストレアの店に沈んだはずの元レンジャー・ビトリーは、バイコーン騒乱のさなか、軟禁されていた地下から姿を消した。

 バザーイベントでの失踪以来、レンジャーズ・ユニオンは彼女の行方を追っているが、騒乱以後、ウエストガルムで彼女を見た者はいない。



 セシリアは、傷だらけで帰ってきた冒険家達を見て、泣き崩れた。

 自分がけしかけたせいで何人もの冒険家が死傷したことに責任を感じ、酒場のウェイトレスを辞することも考えていたが、友人や冒険家達の声で立ち直った。

 死亡した冒険家達の墓参りには毎年訪れ、収監されたバスタとサルカスの面会にも度々差し入れに行っている。

 今後も、ウエストガルムのアドベンチャーズ・ユニオンを支えていくことだろう。



 バスタにバイコーン討伐の鍵となった武器を託した青年は、ウエストガルムの立て直しに尽力した後、砂の都ゴライアへと帰った。

 バスタから刃車鋸の結果を聞いてからは、殺傷力に加えて安定性を追及した新たな武器の製作を始めている。

 その目的は砂漠に出没する"ある魔物"を殺すことだが、それはまた別のお話。







 ユニコーンは――

 その後も変わりなく、童話の中で少女達へと夢と希望を与える存在で在り続ける。

 騒乱で死を確認されたことで、ユニコーンは本当の意味での"浪漫(ユニコーン)"となり、これからも多くの人々がその伝説を追い求めることだろう。

 そして、その本性(バイコーン)は永遠に秘匿されるに違いない。

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