第三十九幕 立ち向かう者達(4)

「槍射砲ではあの頑強な体は貫けん!

 大砲車両を前へ出せっ」


 ゴットフリートが叫ぶと、街路に二両並んでいた槍射砲車両が左右にはけ、奥からシェルシープが大砲車両を引っ張ってきた。

 シェルシープは甲殻羊とも呼ばれ、プラックシープなどの羊と異なり、非常に硬い羊毛を生やすために憲兵省が飼い慣らしている大型の羊である。

 馬車を引くパワーもあり、さらには耳を引っ込めて身を屈める癖があることから、轟音を要する大砲車両を引く動物としては、馬よりも重宝されていた。


「大砲の点火準備は整っております!」

「よし、撃てーっ!」


 標的に向かってレイピアを突き付け、ゴットフリートが叫んだ。

 砲兵が大砲の火門へと点火薬を流し込み、火を点けると、凄まじい轟音と共に砲身からウーツタイト製の砲弾が高速で射出される。

 砲弾は10メートル程度先にいるバイコーンの胴体を捉え、巨大な衝突音を響かせた。


「ゴハッ!」


 バイコーンは一瞬うめき声をあげ、足をよろめかせた。

 さすがのバイコーンも砲弾の一撃には踏みとどまることができず、バランスを崩して片側の建物の壁へと激突した。

 それを見て憲兵達はおおっと歓声をあげるが、それも束の間のこと。

 バイコーンが壁に胴体をめり込ませていたのはほんの数秒で、すぐに壁から離れて憲兵隊へと近づいていく。

 しかし、今回ばかりはバイコーンも只では済まない。

 砲弾が当たった胴体部分には、肉片がぐちゃぐちゃに千切れ飛んで円状の窪みが表れていた。


「こ、効果ありです!」

「そうは言うけどよ……直撃だぞ……」

「なんで平然としてるんだよ!?」


 砲弾が直撃してダメージはあるものの、悠然と自分達に近づいてくる怪物を目の当たりにした憲兵達は、肝を冷やした。

 そして、その傷すらものの数秒で回復してしまう。


「ダメだ、傷が塞がっていく!」

「ちくしょう、どうなってんだこの化け物!!」


 機動憲兵隊は、常に標的から一定距離を保つ陣形を崩さずにバイコーンを取り囲んでいたが、決め手を欠いていた。

 矢はおろか、槍射砲すら効果がなく、大砲を正面から受けても耐えきるその尋常ならざる生命力に、憲兵達は徐々に追い詰められていた。


「くそっ……街中だとて止むを得ん。

 槍射砲車両を引っ込めて、待機させていた大砲車両をすべて動かせ!

 中隊はこの先の噴水広場まで後退せよ!」


 苦虫を噛み潰したような顔で、ゴットフリートは命令を下した。

 すでに士官を含めて何十人もの憲兵が犠牲になっており、それでもなおバイコーンの侵攻を足止めすることすらかなわない。


「まったく、今日はとんでもない厄日だな!

 こんな化け物を都に呼び込んだ疫病神は、どこのどいつだっ!?」


 ゴットフリートが思わず嘆いた。

 憲兵はシェルシープを手綱で操り、大砲車両を引いて後退する。

 槍射砲車両も同様。歩兵が背後のバイコーンを警戒しながらそれに続く。


「グルルルル……」


 バイコーンは自分から離れていく憲兵達を見送りながら、その後を追うかのように街路の石畳を踏み砕いて進撃を続けた。







 時同じくして、アドベンチャーズ・ユニオンの扉を開く男がいた。

 男はアーチをくぐると、ふらつく足取りで酒場へと入り、一番近くの椅子へと腰かけた。


「……?」


 男は一息ついた後、酒場にまったく活気がないことに気がついた。

 都を魔物が襲っていようと、何人もの冒険家が我関せず、と酒場に入り浸っているものだとばかり思っていた彼は、この事態を不審に思った。


「なんだおめぇ、サルカスと一緒じゃなかったのか」

「……なんでこんな静かなんだ」

「みんな大仕事に出とるのよ。 

 それよりおめぇ、いつも背負ってる得物はどうした?」

「ぶっ壊れたよ」


 その男――バスタに話しかけてきたのは、工房の親方だった。


「ああ、おめぇも魔物とやりあったんだったか」

「? なんであんたがそのことを知ってんだ」

「少し前にクロエとサルカスがユニオンにやってきてな。

 馬鹿どもを焚きつけて、魔物退治に向かったよ。

 おめぇの差し金じゃなかったのか」


 親方からそれを聞いたバスタは、頭を抱えた。


「あいつら、まだそんなことを……」


 自分はすでに折れたというのに、サルカスとクロエがまだ魔物と戦おうとしていることに呆れた。

 同時に、その胸中には疎外感が湧いた。


「おめぇは行かねぇのか」


 親方の言葉に、バスタは首を横に振って答えた。


「俺は非合理な真似はしたくないんだ」

「なんだい、そりゃあ」

「あんたは又聞きだからそんな呑気なことが言えるんだ。

 実際にあの化け物とやりあえば、アレを殺すのが不可能だってのはすぐわかる」

「でもおめぇ、勝てると思ってバイコーンに挑んだんじゃないのか?」

「事前に集めた情報じゃ、あんな化け物だとわからなかったんだよ!

 ……それより、なんだって? バイコ……?」

「バイコーン、だよ。

 なんだ、おめぇらが追いかけていたっつう、ユニコーン?

 それの本性がバイコーンて呼ばれてて、南で悪名高かったらしいぞ」

「へぇ……名の知れた魔物だったのか」


 その時、二人の会話に鍛冶師の青年が割り込んできた。


「あなたは、その魔物を倒したいとは思わないんですか?」


 バスタはその青年を見上げた。

 ここの工房では見かけない顔だった。

 顔や体つきを見る限り、新米の鍛冶師ではなさそうだ。


「ああ、おめぇとは初めてだったか?

 何日か前にリバーサイドストリートでバザーイベントがあってな。

 その催しで、どこぞの伯爵から勲章を授与されるってんで、授与式のついでにウチの工房を手伝ってもらってんだ」

「砂の都ゴライアから来ました。

 俺の師匠とここの親方が旧知で、先月からお世話になってます」


 バスタは興味なさそうに話を聞いている。


「ゴライアと言えばよ、何年か前までは砂漠の遺跡発掘が流行ってたよなぁ」

「あれ、ゴライアの領主が向こうのアドベンチャーズ・ユニオンに出資して、無理やり冒険家を遺跡調査に出していたんですよ。

 そのせいで、たくさんの冒険家が亡くなりました」

「そうだったか。

 やっぱり貴族なんてのはどこも変わらねぇだな」


 親方との会話を一区切りつけて、青年はバスタの向かい側の席に座った。

 どうも、この青年は自分に関心があるようだと、バスタは思った。


「都の状況、聞いてます?」

「ああ。ここに来る途中、嫌と言うほど目にしたよ」

「又聞きで悪いんですけど、間接的な原因はあなた達ですよね。

 そして、あなた以外の仲間はまだ魔物に立ち向かおうとしている」

「何が言いたいんだ、お前」

「あんたは責任を果たさずに逃げるのかって言ってんだよ!」


 青年は急に声を荒げた。

 押し殺していた感情を、我慢できずに爆発させた様子だった。

 彼の顔も見ずに適当に聞き流していたバスタは、突然のことに驚き、思わず青年に目を向ける。


「あなたは今、間違えた選択をしようとしている」

「なんだと? お前に何がわかるってんだ」

「俺も駆け出しの頃、選択を間違えたことがあったんです。

 その間違えがあったから、その後は間違えない選択を選ぶように努めてきた。

 俺が今、武器製作に没頭しているのはそれが原因なんですけど――」


 バスタは要領を得ない青年の話に苛立ちを覚え、厨房から出てきたウェイトレスに酒を注文しようと彼女を呼びつけた。


「ぶどう酒をくれ!」

「……かしこまりました」


 そのウェイトレスはセシリアだった。

 彼女は注文を受け付けたにも関わらず、厨房へ戻ろうとしない。


「なんだ、どうした?」

「バスタさんは……魔物の討伐には行かないのですか?」


 セシリアに言われて、バスタは親方の言葉を思い出した。

 クロエが冒険家を焚きつけて、魔物退治に向かった――

 クロエやサルカスの仲間であるバスタが今もこの場にいることに、セシリアは納得していないのだろう。


「セシリア。俺は冒険家だぜ?

 自分の冒険は、自分で決める。ウェイトレスが口を出すな」


 バスタは口調を強めて、威嚇するようにセシリアに言い放つ。


「おめぇらしくねぇな、バスタ。

 お嬢ちゃんに当たるこたぁねぇだろ」


 親方の苛立った言葉を皮切りに、その場に気まずい空気が流れる。

 バスタ自身、女性に当たり散らすなど自分らしくないとわかっていたが、どうにも口が勝手に動いてしまった。

 それは、苛立ちや焦りが自分の中にあるためだろう。


「心ここに在らずって感じですね。

 あなたは自分で間違った選択をしようとしてるのをわかってるんだ」

「なんなんだよ、お前は。

 占い師みてぇなことを言いやがって……」

「今回の間違いは、一生後悔することになりますよ。

 人の命は……取り返しがつかない」


 言いながら、青年は顔を伏せた。

 どんな表情でその言葉を吐き出したのか、バスタにはわからない。

 彼自身が言った通り、過去に選択を誤ってトラウマでも抱えたのかもしれない。

 そんな過去があるからこそ、彼はバスタの心中を看破したのか――


「……すいません。

 俺が言いたいのは、まだ間に合うってことです」


 青年は顔を上げると、話を続けた。


「選択した結果がまだ出ていない。

 今なら、まだ別の選択ができるんです」


 バスタは彼の遠回しな物言いに溜め息をついた。

 要は、お前も魔物と戦いに行け、と言いたいのだろう。

 なのに、なぜこんな勿体ぶった言い方をするのか?


 ――とは言え、背中を押されたって感じだな。


 打算的、かつ効率的に物事を考えてきたバスタにとって、勝ち目のない敵と戦うことなど愚の骨頂だった。

 しかし、そんな彼にも情はある。

 長年連れ添った相棒は当然として、紆余曲折を経て通じ合った仲間達だって、死なせたくはない。

 が、頭の中で、どうしても勝ち目のない怪物の顔がチラついてしまって、その先の最悪の結果しか脳裏に思い浮かばないのだ。

 死ねばすべて終わり――それがバスタの持論だった。


「バスタさん、気休めかもしれないけれど、私……サルカスさんは今もあなたが来るのを待ってると思います」

「サルカスが、俺を?」

「だって、いつだってサルカスさんの隣にはあなたがいたでしょう。

 私、お二人のどちらかを思い出す時、どうしても二人揃っているところしか頭に浮かびませんもの。

 彼が戦っているのなら、その隣にあなたがいないと、しっくりきません!」


 セシリアの言に、ずっと険しい顔をしていた親方の顔がほころぶ。


「ははは、たしかにわしもそうだ!

 こいつとサルカスは、1セットで一人前って感じだもんな!」

「そりゃねぇだろ、親方……」


 バスタは思わず親方に突っ込んでしまった。

 が、やはり自分でもしっくりこないと思っている。

 相棒が命を懸ける時、自分が一緒にそれを懸けないのは、すこぶる気持ちが悪い。


「……後先考えずに決めるってのは難しいな」


 バスタはつぶやき、ふと口元を緩めた。

 さらなる後押しを受けて、ようやく腹が決まった。


「親方、前に借りた斬馬刀はまだあるかい?

 俺の得物はぶっ壊れちまったからさ」

「……煽ったからには、鍛冶師の俺にはあなたを生きてこの場に帰らせる責任がありますね」


 青年は言うと、椅子から腰を上げた。


「親方。試作室の鍵、借りますよ」

「……!

 おめぇ、まさか……アレを使わせようってのか!?」

「この人になら、アレを預けられます――」


 青年の顔は、自信に満ちた笑みをたたえていた。


「――どんな魔物もぶっ殺せる最強の矛。

 今、使わずしていつ使うんです」

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