第二十六幕 ユニコーンのひづめを追え(5)

 斥候として湖へと向かっていた五人のレンジャーは、プラックシープの群れを前に足止めを食らっていた。

 羊の群れが通り過ぎるのを待つさなか、レンジャーの一人が遠く離れた空にククの群れが飛び交っているのを視認する。


「見ろよ。ククの群れが騒いでるみたいだ」

「本隊がいる方角だな。

 ククの群れが飛び交ってるってことは――」

「ユニコーンと遭遇した報せか!」


 レンジャー達が顔を見合わせる。

 事前の取り決めで、ユニコーンと遭遇した際にはクク笛を吹き鳴らすことが決められていた。

 グニパヘリル丘陵に広く生息するククには、高音を発する笛の音を嫌って音から離れようとする習性がある。

 丘陵はどこに行ってもククが群れをなしているため、クク笛を使って群れを追い払うことで、空にククの目印を作り出すことができた。

 それを利用した遠距離コミュニケーションは、ウエストガルムで活動するレンジャーの間では常套手段となっている。


「どうします? 戻りますか」

「……いや。湖畔にある茂みに身を隠していよう」

「あいつが毎回、どうやって消えているのかを見届けるってわけか」

「これ以上任務を失敗すれば、パトロンが痺れを切らして他所へ依頼しかねないからな」


 プラックシープの群れが通り過ぎるのと同時に、レンジャー達は馬を走らせた。

 これ以上の失敗はレンジャーズ・ユニオンの信用に関わるため、彼らとしても今回の保護任務にはいっそう強い気持ちが入っている。

 が、それでも彼らはユニコーンという存在を甘く見ていた。


「ん?」

「後ろから何か――」


 振り返れば、そこにはユニコーンの姿があった。

 レンジャー達が乗っている馬よりも二回りほど大きい巨体でありながら、ユニコーンは凄まじいスピードで彼らとの距離を見る見る詰めてきたのだ。


「馬鹿なっ!? もう真後ろに……!」

「は、速過ぎるだろっ!?」


 とっさに避けようと馬を操るも間に合わず、レンジャーを乗せた馬のうち、三頭までもが背後からユニコーンの強烈なタックルを浴びてしまう。


「ぐはっ!」

「ぎゃああっ」


 ユニコーンに弾き飛ばされた馬はことごとく地面を転がり、レンジャーは馬の下敷きになる者と、空中を舞ってから地面へ叩きつけられる者とに分かれた。


「くっそっ……!」

「野郎、よくも!」


 かろうじてタックルをかわした二人のレンジャーは、仲間をやられたことに怒りを燃やし、走り去るユニコーンを追撃した。


「傷つけずにってのが取り決めだったが、仲間をやられて黙ってられるか!」

「力づくでもとっ捕まえてやる!!」


 丘陵の風を切る勢いで駆け出したレンジャー達の馬は、すぐにユニコーンへと追いついた。

 二頭はユニコーンを挟むような位置関係となり、レンジャー達は手にしていたロープを息の合った連携で標的目掛けて放り投げる。

 ロープは先端が輪になっており、投げ輪の要領でユニコーンの首へと巻き付いた。


「捕らえたぁっ!」

「止まりやがれぇぇぇ!!」


 レンジャー達は、ユニコーンの首に巻き付けた二本のロープを同時に引っ張る。

 体勢を崩して立ち止まるかと思いきや、ユニコーンは引っ張られるロープを意に介さず、速度を増して、逆にロープを握る二人のレンジャーを馬から引きずり降ろしてしまう。


「なんだとっ――」


 驚嘆するのも一瞬のこと。

 馬から引きずり降ろされたレンジャーは、二人とも頭を地面に打ち付け、その意識を絶たれた。

 ユニコーンの首に巻き付いていたロープも千切れて、その白い猛獣は何事もなかったかのようにして湖へと走り去っていった。


「なんて……こった……」


 最初のタックルで馬の下敷きとなっていたレンジャーは、赤く充血した目で追撃したレンジャー達の無残な最期を目の当たりにしていた。


「こ……こんな……はずじゃあ……」


 血反吐を吐きながら後悔の念を漏らすも、周りに倒れている仲間達はすでに息がない。

 地平線の彼方へと走り去って行くユニコーンの後ろ姿を霞んだ目で見届けた後、彼の心臓もまた鼓動を止めた。







「なんてやつだ……あれがユニコーンかよ!」


 双眼鏡で高台から監視を続けていたクロエは、レンジャー達がユニコーンによって全滅する様を目撃していた。

 ユニコーンの巨体とスピードも脅威だったが、何よりもクロエの度肝を抜いたのはその獰猛さだった。

 狂暴で残忍という話は聞いていたものの、レンジャーから逃げまわっているという情報が、彼女の中のユニコーン像を曇らせていた。

 双眼鏡越しとは言え、実際にユニコーンを目の当たりにした今、あの生物は非常に危険な存在だと認識を改めざるをえない。

 なぜならば、アレは明らかにレンジャーを背後から襲うために同じ道を走っていたからだ。紛れもない獣害――否、殺人だ。


「クロ、ユニコ、みた?」


 興味津々の表情で訊ねてくるディンプナに、クロエは返答に窮した。

 ライガーを容易くねじ伏せるディンプナの怪力でも、あの一角獣の化け物じみた獰猛さに対抗できるのだろうか……。

 そんな答えの出ない疑念をクロエは押し殺す。


「ああ。長い角の生えた白馬だったよ。

 だけど、とんでもないじゃじゃ馬みたいだ」

「だいじょうぶ、馬のあつかい、てなれてる」


 ディンプナは厩舎で馬の世話をしてきたことから、ユニコーンも同様に手懐けられると考えているのだろう。

 苦笑したクロエは、その小さな頭を優しく撫でた。


「あたしも一緒に乗りこなしてやるよ。

 どんなじゃじゃ馬だって、二人でかかれば大丈夫さ」

「ねさまも、いる」

「あー……まぁ、そうだね」


 センカを思い出して一瞬、顔を曇らせるクロエだが、すぐに気を取り直す。

 地面に突き立てていたハルバードを引き抜き、ディンプナを見やった。


「準備はいいかい?」

「おうけい」


 クロエは首から提げていたクク笛を吹き鳴らした。

 高台とその周辺にいたクク達が、いっせいに空へと飛び立つ。

 ユニコーンを追っているバスタ達への合図である。


「荷馬車は後でサルカスが取りに戻る。

 一足先に、あたし達もあのじゃじゃ馬を追うよ!」


 クロエとディンプナは高台の急斜面を滑り降り、湖へ向かって疾走するユニコーンを追った。







 その頃、湖の北東にひっそりと立ち並ぶ林では、バスタとセンカがせっせと罠の準備を進めていた。

 周囲の警戒のために木へと登っていたセンカは、東の空にククの群れが飛び交っていることに気がつく。


「バスタ殿。高台の方角――空にククの群れが」

「! クロエ達か。

 きっとレンジャーがユニコーンと遭遇したんだろう」


 ビッグピグーの死骸を元通り埋め直したバスタは、ツーハンデッドソードの汚れを落とす傍ら、センカの報告を聞いていた。

 罠の準備はおおよそ整った。

 あとは、この場に標的であるユニコーンが帰ってくるのを待つだけだ。


「レンジャー達が今日に限って気を利かせなけりゃ、またここにユニコーンが戻ってくるはずだ。

 センカ、そろそろ下りてきて茂みの中で待機しててくれ」

「了解」


 センカは高木から悠々と飛び降り、幹から伸びた枝を頼りに地面へと着地する。


「お見事」

「木登りは得意でありんしたゆえ」


 バスタを一瞥した後、センカは芝生の上に仕掛けられた罠を見渡しながら言う。


「ユニコーンはこの罠に気づくでありんしょうか」

「さぁな。緑色に着色したロープだからごまかせると思うが」

「並みの獣ならば、そうでありんしょうが……」

「何にせよ、最後はお前さんの技でユニコーンの動きを封じることになる。

 頼りにしてるぜ」


 センカは頷くと、踵を返して茂みへと向かった。

 その後ろ姿を見送りながら、バスタはかねてより気がかりだったことを訊ねてみた。


「なぁ、センカ」

「なんでありんす?」

「お前、処女だったりするのか?」


 聞いて早々、センカはムッとした表情を浮かべた。


「答えるに値しない質問でありんすね!」


 そう言ってセンカはさっさと茂みの中へと隠れてしまい、それ以降バスタが何を話しかけても一切答えることがなかった。


「影の者でもこの手の話題には過敏なのかね?」


 そんな疑問を抱えたまま、バスタはセンカの対面となる茂みの中へと身を隠す。

 二人が気配を殺して以降、林の中には木の葉のこすれ合う音と、小動物の鳴き声が時折聞こえるのみで、静寂に満たされていた。 

 その静寂の中――

 ゆっくりと重い足音が近づいてくるのに、それほど時間はかからなかった。

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