捕獲計画の章

第二十二幕 ユニコーンのひづめを追え(1)

「お待たせしました。

 サウスグリフィンから取り寄せたハーブ酒です」

「ありがと」


 ウェイトレスから受け取ると、クロエはさっそくハーブ酒を口に含んだ。

 ふう、と一息つくと、次は懐から懐中時計を取り出す。

 時計の針はすでに夜の八時を回っていた。


「……遅い!

 あたしを呼びつけといて遅刻とはいい度胸だ」


 アドベンチャーズ・ユニオンの酒場へとやってきてから、すでに小一時間。

 約束の時間からは、すでに三十分も過ぎている。


「あいつらが時間にルーズなのは、今に始まったことじゃないけど……」


 へらへらしている凸凹コンビの男達を脳裏に思い浮かべて、クロエは無性に腹が立ってきた。

 懐中時計をしまい、酒瓶を一気にあおる。


「酒は、ほどほどがようざんす」


 クロエの背後から、ささやくような声が聞こえた。

 彼女がチラリと視線を向けた先には、フードをかぶったマント姿の女が柱に背をもたれかけている。

 フードに隠れて表情はうかがえないが、その双眸はクロエの背中をじっと見つめていた――

 否。見つめていたのは、その対面に座る小柄な女――ディンプナだった。


「はむはむ、はむはむ」


 そのディンプナは、目の前の皿に盛り付けられた肉料理を息つぐ間もなく頬張っている。


「……センカ。

 あたしの後ろに立つのはやめてよ」


 クロエが言っても、マントの女――センカは微動だにしない。


「失敬。この場がもっとも周囲を見渡しやすいゆえ、ご容赦を」

「視るのはいいけど、せめてあたしの視界に入る場所に居てくれない?」

「わっちは影の者ゆえ、人の目に入るのはどうも苦手で」

「一応、仲間じゃないの。あたしとあんたって」

「習性ゆえに」


 のれんに腕押し。まったく聞く耳を持たない相手に、クロエは苛立ちを隠せなくなっていた。

 張り詰めた空気が二人の間に流れる。

 その空気を一変させたのは、肉を頬張るディンプナだった。


「ねさま、こっちで、お酒のむ」

「……わっちは下戸ゆえ」

「えいど、ある」

「えいど?」

「エード! 果汁入りの飲み物だよ」


 クロエが会話に割って入る。

 そして、近くを通りかかったウェイトレスにエードを注文すると、すぐ隣の椅子を引いて、センカに座るように促した。


「ここなら許容できる位置関係だろ?」

「……まぁ」


 センカは納得しかねている様子だったが、素直にクロエの隣に座った。


「フードくらい取ったら」

「……」


 促されるまま、センカはフードを取った。

 フードの下には不服そうなセンカの顔があったので、クロエは嬉しそうな顔で鼻を鳴らした。


「お待たせしました」


 女三人のテーブルにウェイトレスがやってくる。

 彼女は気を利かせて、トレイに乗せられたエードをセンカの前へと置いた。


「あ、ありがとうござりんした」


 センカは気恥ずかしそうにお礼を言って、テーブルから離れていくウェイトレスを見送った。


「ねさま、元気なさそう」

「そんなことはありんせん」


 センカはエードの入った酒瓶を掴み、恐る恐る口へと含んだ。

 ごくり、と飲むと表情を変える。


「美味しい。……甘い!」


 エードの甘美な味を知ったセンカは、ごくごくとエードを飲み干してしまった。

 その様子を見て、ディンプナもクロエも笑っている。


「お、おかわりを所望しんす……」

「はいはい」


 クロエが再びウェイトレスへと声をかけようとした時、ちょうどテーブルの前に二人の男が現れた。


「お待たせしたっす、姉御」

「センカ、クロエ。

 お前ら仲良くやってんだろうな」


 凸凹コンビ――長身のバスタに、小男のサルカス。

 二人は着席するやいなや、鞄からインクと羽ペン、そして地図を取り出してテーブルの上に置いた。


「何を始める気よ」

「計画遂行のための作戦会議さ。

 ところでクロエ、怪我の方は大丈夫なんだろうな?」

「数日安静にしたからね。動くのに問題はないわ!

 そういうあんたは、まともに動けるんでしょうね」

「センカの調合してくれた良薬がよく効いてな。

 痛みはもうほとんどないぜ」

「なんだ、あんたもセンカに?」

「お前もかよ」


 会話の流れで、二人ともセンカの顔を見入った。

 じっと見つめられる気恥ずかしさから、センカはフードで顔を隠し、続きをどうぞ、の手振りを見せた。


「……ま、それはいいや。本題に入ろう」


 バスタは気を取り直すと、人の指ほどの大きさの駒をいくつか取り出した。


「何それ、セネト駒じゃん。

 そんな高価な物どこで手に入れたのよ」


 セネトとは、貴族達の間で流行っているボードゲームである。

 動物をかたどった駒が数種類存在し、それぞれがボード上で異なる役割を持つ。

 狂暴なカイゼルホーンの角を素材にした駒は高級品で、市場の流通量も限られているという。


「いつだったか、仕事の報酬にいただいたのさ」

「いただいたって……盗んできましたって意味じゃないでしょうね」

「そんなわけあるか」


 バスタは転がっている駒をひとつ、つまみあげた。


「レンジャー達は、二日後にユニコーンの追跡を再開する。

 俺達の計画を実行に移すのも、同じ日だ」


 テーブルに敷かれた地図には、ウエストガルムの広い土地のうち、副都の外縁から近隣のグニパヘリル丘陵にかけての地形が描かれている。


「まずはレンジャー達の動きを説明する。

 この駒がレンジャーのユニコーン追跡隊だと思ってくれ」


 そう言うと、バスタはつまんでいた駒を地図の上に置く。

 それは鳥の頭をかたどった駒で、置かれた場所は都から丘陵へと通じる長い街道だった。


「やつらは二日後の早朝、この街道に沿って丘陵へと向かう――」


 バスタは鳥の駒を、都から北に伸びている街道沿いに丘陵へと動かす。


「――荷馬車が二両編成で、人数は当初の予定から一人欠けて八名。

 それと、特査院の獣医グループが同行するらしい」


 バスタは次に、皿の上からレンズ豆を手掴みし、地図上の数箇所へ置いた。


「そして、これがここ最近のユニコーンの目撃地点だ」


 レンズ豆は、丘陵を中心として広い範囲に七粒置かれている。 

 ユニコーンの目撃地点は七箇所あり、広く分布しているということだ。


「追跡隊は、この七箇所を都に近い方から巡回していく。

 やつらもユニコーンの行動原理がわかっていないらしくて、毎回地道な捜索になるんだと」

「目撃地点って何か共通点はないの?

 ユニコーンが骨休めをするような場所があるとか」

「七箇所のうち、五箇所はレンジャーが過去の追跡でユニコーンを目視した地点だ。

 直接接触したわけではなく、遠くから姿を確認したり、走り去る尻を見送った程度だから、何とも言えない」


 バスタがトントン、と地図上の隣り合う二粒をつついた。


「だが、残りの二箇所は地元の農民がガブリンボアの狩りの最中、偶然ユニコーンと鉢合わせした地点だ。

 どちらのケースも、農民に気づいたユニコーンがすぐさま走り去っている」

「! ……骨休めするには、ちょうどよさそうな場所があるわよ」


 ふたつの豆(目撃地点)の間に、小さな湖があることにクロエが気づく。


「ああ。レンジャーもそこはチェックしている。

 水場もあるし、農民に見つかるまで呑気してたようだからな。

 調査隊もこの辺りにユニコーンが身を潜める場所があると踏んで、湖畔を中心にひづめの跡を徹底的に調査したらしい――」


 バスタは口上の途中で、湖の西側に隣接する森を指さした。


「――だが、ひづめを追ってこの森の中に入ると、ユニコーンの痕跡を完全に見失ってしまった。

 ひづめの跡は湖のほとりを横切って、森の中へと続いていたのに……なぜだと思う?」

「この森に洞窟とか、動物が隠れられるような窪みとかは?」

「なかったようだ」

「じゃあ、翼が生えて空を飛んでったわけか」

「童話じゃないんだぞ。

 それに、翼がある馬はペガサスだろ」


 バスタは口を止めて思案するが、追跡のプロであるレンジャー達を煙に巻く方法が思いつかない。

 空を飛んで逃げたり、木を登ったり、荒唐無稽な方法はいくつか思い浮かぶが、ユニコーンに当てはめると現実的な方法とはとても言えない。


「……森の中では足跡どころか、折れた枝や荒れた茂みも確認されていない。

 森の中を突っ切ったなら、そういった痕跡が残るもんだが……レンジャーが完全にユニコーンを見失う理由があるはずなんだ」

「わかった!

 湖の中へ潜って追跡をかわしたのよ!」

「残念、違うね。湖へ入るような足跡は確認されてないんだよ」

「こういう謎解きはあたし向きじゃない」

「だよな、知ってた。

 ま、どうして森の中で痕跡が消えたのかは現地で考えるとして、俺達の配置について説明するぜ」


 バスタは再び転がっている駒をつまみ、今度はそれを丘陵と隣り合う高台の位置へ置いた。

 その駒は、ハイエナの頭をかたどった形をしている。


「俺達はレンジャーより先にユニコーンを見つけて捕獲しなければならない。

 だからやつらが都から出立する前に、先回りしてこの場所に陣取って周囲を探索するんだ。ここなら眼下の丘陵や湖、その近隣の森を見渡せるから、何かあればすぐに動ける」

「予定では、バスタくんとセンカさんがユニコーンの探索、姉御とディンプナが高台でレンジャーの動きを監視、俺はレンジャー達について歩いてこっそり荷馬車に細工なんかをする」

「そこらへんについては、二日後に丘陵への道すがら話すよ」


 バスタは最後の駒――馬の頭をかたどった駒をつまみあげる。


「そして、こいつの謎は必ずこの森の中にある――」


 カツン、と力強く湖の西にある森の上へと駒を置く。


「――この謎さえ解ければ、ユニコーンを必ず追い詰められる!」

「で、その時に活躍するのが、あたしやディンプナってわけね」

「それからセンカもな。

 お前とディンプナでユニコ―ンの気を引いたところを、隙を見てセンカに毒クナイを投げ込んでもらう。

 あとは動けなくなったユニコーンを荷馬車に詰め込んで、丘陵からはおさらばだ」

「そんなに手際よくいくもんかしらね」

「行くさ。自慢じゃないが、俺が本気で考えた計画は今まで失敗したことがない」

「……前も聞いたけどさ、なんでそこまでユニコーンにこだわるわけ?」


 クロエは怪訝そうに、バスタとサルカスを見やった。

 それに対して、二人の男が真顔で答える。


「好奇心を満たすため!」

「ある人の清純を証明するため!」


 はぁ、と溜め息をつくクロエ。


「……前もあったな、このやりとり」


 ――二日後、バスタ、サルカス、クロエ、ディンプナ、センカの五人は、荷馬車を引いてグニパヘリル丘陵へと向かう。

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