第十三幕 最後に泣くのは(2)

 酒場で一人、浴びるように酒を飲む男がいた。

 テーブルはいくつも空の酒瓶が並べられていて隙間もなく、男は溜め息をついては酒を飲むのを繰り返している。


「そんなに飲むと、体に毒ですよ」

「え? ああ、そうかな……そうだね……」


 ウェイトレスに釘を刺されたサルカスは、まだ中身の残っている酒瓶を置いた。

 テーブルを布巾で拭き、トレイに空の酒瓶を乗せていく彼女を見ながら、サルカスはふと思い立って尋ねてみた。


「……セシリアちゃん、ちょっと参考に聞きたいんだけどさ。

 困ってる友達がいたら、助けるべきだと思う?」

「お友達なら、助けるべきだと思いますよ」

「でもさ。友達を助けたら別の人がのっぴきならない事態に陥るんだよね、これが」

「それは難しいですね」

「だから悩んでいてねぇ。

 しかも、その友達を助けないと、それはそれで俺も困るんだ」

「サルカスさんが思うベストな結果はなんですか?」

「そりゃあ――」


 サルカスは少し考えた後に、答えた。


「――誰にも迷惑かけず、友達を助けられればそれが一番いいよね。

 それなら、俺が困ることもないし」

「そうですよね。

 なら、サルカスさんがもっとも嫌なことはなんです?」

「別の人が迷惑こうむることかなぁ。

 まぁ、俺みたいなのが言うのもアレだけどさ」


 くすくすと笑うと、セシリアはトレイに最後の酒瓶を乗せながら言う。


「サルカスさんて根はすごく真面目ですよね」

「え? そうかなぁ」

「それってもう袋小路に入っちゃってますよ。

 ちょっとアプローチの仕方を変えた方が良いと思います」

「そうは言われても、どうすればいいか……」

「助ける相手を変えちゃう、とか?」

「へ?」


 その時、他のテーブルの客が二人の会話に割って入ってきた。

 注文を受けてくれ、と言うセシリアを呼びつける声だった。


「はーい、少々お待ちください」


 セシリアはトレイに回収した酒瓶を片付けるため、厨房へと踵を返す。


「ごめんなさい。

 私よりも、相棒さんに相談してみてはいかがです?」


 彼女は去り際、サルカスへの最後のアドバイスを告げて、テーブルから離れていった。

 サルカスはその華奢な背中を見送りながら、しみじみと思う。


「はぁ。やっぱり可愛い。

 絶対に処女だよ、セシリアちゃん」


 セシリアが厨房へと姿を消すと、今度は寂しそうな面持ちで目の前に残された酒瓶を覗き込んだ。

 わずかに残された酒に映りこむ自分の顔を見つめながら、サルカスはぼそっとつぶやく。


「バスタくんも連絡がつかないし、どうしたもんかなぁ」


 酒瓶を口に当てようとした時、ユニオンの受付が騒がしいことに気づいた。

 目を向けると、クロエが血相を変えた様子で受付嬢に詰め寄っている。


「姉御があんなにテンパってるのは珍しいなぁ」


 クロエは酒場までやってくると、サルカスを見つけるやいなや、テーブルまで駆け寄ってくる。

 そして彼の胸ぐらを掴み上げ、言った。


「お前ら、ディンプナを無理やり娼館から連れてきたのか!?」


 突然のことに驚いたサルカスは、すっかり酔いも覚めてしまった。


「お、落ち着いて姉御!

 ディンプナは本人との合意があったから連れてきたんだよ」

「今朝、あたしのもとに黒装束の女が現れて、ディンプナを連れて消えた!

 その女は、お前らがあの子を無理やりさらったと言っていたぞ!?」

「誤解ですって!

 と言うか、ディンプナが連れ去られたって……マジですかい?」


 クロエはサルカスを押しのけて椅子に座ると、目の前に置かれた酒瓶を飲み干した。

 一息ついて落ち着きを取り戻した彼女は、苦々しい表情で愚痴をこぼし始める。


「あたしとしたことが、してやられたよ。

 あの女、只者じゃない……!」

「うーん……たしかに娼館の責任者に許可は貰ってないからなぁ。

 娼館からのお達しで動いた子飼いの兵隊ですかね」

「知るかい、そんなこと!

 それよりもあたしはディンプナを取り返したい。

 いきなり無理やり連れていきやがって……」

「あの子、姉御にずいぶん懐いてましたからねぇ」

「そうさ!

 髪だってとかしてやったし、服だっていいものに着せ替えてやった!

 顔の傷さえなければ、すっげぇ美人だよあの子!」


 クロエは鬱憤を吐き出すかのようにまくしたてる。

 一方、話を聞かされるサルカスは物珍しいものを見た、という面持ちで彼女を見入るばかり。


「あたしにはディンプナの行方の見当がつかない。

 あんたやバスタなら思い当たるところがあると思ったんだけど、どうだい?」

「悪いけど俺には……。

 バスタくんならアテがあるかもしれないけど、連絡つかないしなぁ」


 申し訳なさそうに言うサルカスに舌打ちすると、クロエは空の酒瓶を振り回しながら、ウェイトレスに追加の注文を頼む。


「バスタの野郎は今頃闇市めぐりか……。

 あんたの方は、例のレンジャーを口説き落とすの上手くいってるわけ?」

「いや、それが――」


 サルカスはそこで閃いたことがあった。


「あの、姉御。俺にちょっと協力してくれないですかね」

「何言ってんのさ。

 あたしはディンプナを連れ戻したいんだよ」

「それは、バスタくんと連絡が取れれば解決すると思いますよ。

 俺の方はちょっと例の計画に支障が出るかもしれない件でして」

「レンジャーの件、てこずってんの?」

「いえね、狐を化かすには一人じゃちょっと荷が重くて」

「……いいよ、言ってみな」


 サルカスはアプローチを変えることにした。

 彼にとってベストな結果が頭の中で形になろうとしていた。

 答えに至る道はひとつではないし、自分は一人ではないのだ。


「――というわけでして。

 どうです、協力してくれませんかね?」

「あんたの言う女、気に食わないね。嫌いなタイプだ。

 その狙われてる子、まだ16歳だって?

 これからって時に殺されたんじゃ死にきれないよ」


 クロエはテーブルに運ばれた酒瓶を口にしながら、会ったこともない女に対して苛立ちで歯を噛みしめている。


「明朝、ガルム小川沿いのリバーサイドストリートでバザーイベントがあります。

 そのイベントの一環で勲章授与式があるんですが、式が終わった後に必ず彼女は動きます」

「オーケイ、やってやるよ。

 その女……絶対に泣かしてやる!」

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