第十二幕 最後に泣くのは(1)
「先輩、お願いですからもうやめましょう」
レンジャーの制服に身を包んだ少女が、同じ制服を着たもう一人の女に言う。
二人は喫茶店のテーブルに向かい合うようにして座っていた。
少女の突然の訴えに、女は紅茶を飲む手が止まる。
「あなた、何を言っているの?」
「私、知っているんです。先輩が――」
口上の途中、少女は唇を噛みしめながら涙で頬を濡らす。
「――先輩が、闇市に希少生物を横流ししているのを!」
カチャリと皿の上にカップを置くと、女はナイフのように鋭い眼差しを向ける。
「こんなところで、そんな話はよして。まったく何を証拠に……」
「証拠ならあるんです。
憲兵省に提出された報告書に、細工された形跡を見つけました。
7月22日、先輩が発見したアルミラジの死骸の件です」
アルミラジとは、金色の体毛と額に小さな突起を持つ兎に似た姿の動物である。
ウエストガルムの丘陵地帯でわずかに生息が確認されている希少種で、そのはく製が貴族には非常に好評であり、高値で売れる。
「たしかにその日、私がアルミラジを回収したわね。
ハンターの密猟の被害にあったと推測される死骸だったわ」
「ハンターが死骸を回収しなかったのも妙な話です」
「死骸がアダマンテリウムの巣穴に落っこちてしまったからでしょう。
私も偶然が重なって発見できたのよ。報告書をちゃんと読んだの?」
「もちろん何十回も読みましたよ」
「そもそも、アルミラジの死骸は憲兵の立ち合いのもと、憲兵練館で火葬したわ」
少女は涙を拭い、女の証言に反論する。
「それは嘘です。
報告書にはそうありますが、翌日、アルミラジの死骸を扱う露天商が憲兵に検挙されています」
「偶然にしては、タイミングが悪いわね」
「特査院の獣医が調べたところ、そのアルミラジの右胸の表皮には裂傷がありました。
先輩が火葬したアルミラジにも、同じところに裂傷があったんですよね」
女は苛立ちを隠せず、乱暴に髪をかき上げる仕草を見せた。
口調にも嫌悪の色が乗る。
「何が言いたいのよ?」
「先輩の報告書にあるアルミラジと、闇市で売られていたアルミラジは、まったく同じ場所に同じ裂傷があるんです。つまり、同一個体ということです」
「アルミラジの心臓は右胸にあるのよ。
一撃で殺そうとした結果、右胸に傷が集中するのは自然だわ」
「最大の証拠は別にあるんです――」
少女は、足元の袋から一本の矢を取り出し、テーブルの上に置いた。
それはレンジャーズ・ユニオンに属するレンジャー達に配給される特注矢だった。
「この矢が何だって言うの?」
「失礼ながら、先輩の矢筒から拝借してきました」
「なんですって!?」
「矢じりに、血痕と一緒に動物の体毛がわずかに残っている矢が、一本だけ混ざっていました。もちろん、金色の体毛です。
その矢じりの形と、アルミラジの裂傷跡が一致しました――」
少女の話を聞くうちに、涼しい顔をしていた女はみるみる憤怒の形相へと変わる。
激情に駆られた彼女は手のひらでテーブルを叩き、その衝撃がカップの中身をテーブルへとぶちまけてしまう。
女の威圧にも屈せず、少女は続ける。
「――私達レンジャーは、責任と誇りをもって動物達を守るため、矢じりに自らの名を彫りますよね。
裂傷跡からは、先輩の綴りの凹凸に一致する小さな傷も見つかっています。
もう言い逃れはできません」
「……何が望みなのよ?」
「望みなんてひとつです!
私は、先輩にやり直してほしいだけなんです」
「やり直せ、ですって?
その可愛い面の下に隠したあんたの本音を言ってごらんよ!」
女の恫喝的な声に、周囲のテーブルに座っていた客が一斉に目を向ける。
居たたまれなくなった少女は、席を立った。
テーブルの上の矢を鞄の中へと戻すと、唇を震わせながら言う。
「先輩。この件はご自身でユニオンに報告して、しかるべき罰を受けてください。
でないと、私……大好きな先輩を告発しなければならなくなります」
「いくら欲しいの」
「お金の問題じゃありません。
これは、レンジャーとしての誇りの問題です!」
蒼白な顔で言うと、少女は逃げるようにその場から走り去っていった。
「誇りなんて金にならないのよ」
誰に聞かせるでもなく、女はそう吐き捨てた。
「久しぶりだな、ビトリー。
正直、来てくれるとは思わなかったよ」
「いいえ、サルカス。
あんたにまた会えるなんて感激だわ」
繁華街の喧騒から離れた薄暗い路地裏で、サルカスは件(くだん)の女レンジャーと密会していた。
彼女の名はビトリー。
サルカスのかつての恋人だったが、今は関係が切れてレンジャーズ・ユニオンで活動している人間である。
「ところで、あんたその顔どうしたの?
包帯なんて巻いちゃって」
「最近、ドタバタが続いていてね。
それよりも特級弓士の資格を取ったんだってね。おめでとう」
「知っていたの? ありがとう。
あたしがここまでこれたのも、あんたと荒んだ青春時代を送って、底辺の苦渋を舐めてきた過去があってのものだわ」
「……さっそく本題に入った方がいいかな」
「ええ。ユニオンの会合を抜けてきたから、早く済ませたいわ」
「単刀直入に言うよ。
ユニコーン追跡隊の情報を、逐一、俺に流してほしい」
かつての恋人の要求を受けて、ビトリーは口元が緩む。
「相変わらず悪いことをさせるのね」
「今の君の居場所をかき乱すつもりはない。
手紙に書いた通り、交換条件といこう」
サルカスが言い終わったとたん、ビトリーは突然、彼を抱きしめて口づけをした。
驚いたサルカスだったが、理由はすぐに判明する。
うかつにもサルカスは気が付かなかったが、見回りの憲兵達が路地裏の道を歩いてきていたのだ。
「昼間っからお熱いねぇー」
「お嬢さん、そんな小男が相手じゃ外を歩く時にバランスが悪いぜ!」
「ははは。いいじゃないか凸凹カップル」
憲兵達は二人を冷やかしながら、表通りの喧騒へと紛れていった。
しばらく唇を重ねていた二人だが、憲兵の気配が消えるのを待って唇を離す。
「ふう。あんな連中に聞かれたら、冗談じゃ済まなかったわね」
ビトリーは指先で唇を触りながら、かつての恋人を流し目に見る。
サルカスは唇についた口紅の跡を拭うと、話を続けた。
「俺の要求を呑んでくれれば、こちらも君の要求を聞くよ」
「オーケイよ。
ユニコーン保護なんて評価のために志願しただけだし、追跡隊の情報網にかかったネタはすべて渡すわ」
「助かる。で、そちらの要求は?」
「邪魔な小娘を始末したい」
「……いくら俺でも、殺しはご法度だ」
「殺るのは私よ。あんたには、別にやってもらうことがある」
ビトリーは懐から一枚のチラシを取り出し、サルカスに手渡す。
そこには、少女の肖像画と、彼女のあげた手柄について記されていた。
サルカスは目についた見出しを読み上げる。
「ポーリーン・レッドローズ……。
若干16歳で特級弓士の準資格を得た天才少女。
憧れの先輩であるビトリー・スノードロップに次ぐ、レンジャーズ・ユニオンの華となるか」
ポーリーンという名の少女にスポットを当てた広告チラシだった。
レンジャーズ・ユニオンが、期待のレンジャーを宣伝するために自前で作ったのだろう。
「期待の新星って感じだな。まさか、この子を……?」
「その肖像画、よく描けていてね。本人そっくりなのよ。
憎たらしく笑っちゃってまぁ……。
この顔、なんとしても泣き顔に変えてやりたいわ――」
チラシに描かれた少女の顔を見ながら、ビトリーは次第に荒々しい形相へと変貌していく。
サルカスは強烈なエゴイストを前にして、息を呑んだ。
この女は昔とまったく変わっていない。
彼女にとって忌々しい相手は、彼女自身がその手を汚して排除してきたのを、サルカスは知っている。
「――あんたはただ、その小娘から奪ってくれればいいのよ。
私の名前が彫られた矢じりをね」
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