計画準備の章 ―後編―

第八幕 これからの話

 北にある荒野から始まったユニコーンの目撃談は、今では都近くの丘陵で報告されるようになっていた。

 ユニコーンはどこへ向かっているのか……。

 噂は人から人へと伝わるうちに尾ひれがつき、今では懇意の乙女を追ってきただとか、つがいを捜して旅をしているだとか、根拠のないデマの温床になっていた。


「すっかりユニコーンの噂が知れ渡っちまったな。

 うかうかしてたらライバルが増えちまう」


 酒場の一角で、バスタは地図を広げてユニコーンの目撃情報を精査していた。

 目撃地点の推移から移動ルートを予測できれば、どこで捕獲計画を実行するのがベストかを判断できる。しかし――


「ダメだな。荒野から丘陵を行ったり来たりで、まったく行動が予測できねぇ」

「そもそも目撃情報がすべて本当だとも限らないしね。

 承認欲求の強いやつが嘘をつくってのは、よくある話さ」


 サルカスの言うことももっともだと思い、バスタは地図を折りたたんで鞄の中へと押し込んだ。代わりに酒瓶を手に取ると、一気に飲み干す。


「お前、砂漠の遺跡でたまに見つかる死体みたいだな」

「縁起でもないこと言わないでくれよ」


 サルカスは顔に包帯をぐるぐる巻きにしており、さながらミイラのような有り様だった。額と顎からはわずかに血が滲んでいて、とっても痛そうだ。


「ちょっとあんた、落ち着いて食べなよ。誰も取らないから!」

「はむはむ」


 そのテーブルには、もう二人、女の連れ合いがいた。

 人目もはばからず、皿に盛られた肉や野菜をガツガツと食べ続ける小柄な女と、その品のない姿に呆れる長身の女――ディンプナとクロエである。


「ねぇ、この子が本当に徒手空拳の達人なわけ?

 ただの大食らいなだけじゃないの」

「はむはむ」


 サルカスは包帯の上から顎をさすり、先日あった出来事を思い返す。

 目の前の小柄な女が宙に跳ねたと思ったら、突然額に衝撃が走り、みぞおちに息が止まるほどの衝撃を受け、次に気が付いた時は病院のベッドの上だった。


「バスタくんが言うにはそうらしいですぜ。

 俺は何をされたのか、まったくわからなかったけど」

「たぶんディンプナは格闘術を仕込まれている。しかも、相当な技量だ。

 それがどうして娼館なんぞで、小間使いをやらされていたのかはわからんが」


 息つく間もなく皿に盛りつけられた野菜を頬張る女を見ながら、バスタは期待を込めた表情で言う。


「ディンプナ、お前はユニコーン捕獲の要だからな。

 よろしく頼むぜ」

「はむ」


 素っ気ない返事の後、ディンプナは隣に座るクロエを見上げる。


「な、何?」

「おかわり」

「ああ、もう一皿頼むかい」


 クロエは近くにいたウェイトレスを呼びつけ、肉と野菜の料理を一皿ずつ注文した。

 手馴れた様子で注文を受け付けた彼女は、会釈をした後、厨房へと駆けて行く。

 自分の一挙手一投足を二人の男がじっと見守っていたことなど、彼女には知る由もないだろう。


「いやぁ、やっぱりセシリアちゃんは癒される。

 絶対に処女だな」

「それはまだわからねぇだろ。

 それを確かめるために、こうやって汗水流してるんだ」

「なんだって?」

「いや、なんでもない。

 それよりも、そろそろお前達にも俺のユニコーン捕獲計画についてちゃんと説明しようと思う」


 クロエは手にした酒瓶をテーブルの上に置くと、バスタに鋭い眼光を向ける。


「闇市で金になるから、ユニコーンを捕まえるのに協力しろ。

 ついでに、あたしにユニコーンにまたがれ。どんな反応をするのか見てみたい。

 それだけしか聞いていなかったね」

「はむはむ」

「で、この子もついでにユニコーンにまたがらせて、どんな反応をするか見たい。

 あんた、ユニコーンの生態について本でも書こうっての?」

「はむはむ」


 その問いに答える代わりに、バスタは一冊の本をテーブルの上に置いた。


「ユニコーンの生態について書かれた本だ。

 何十年もユニコーンを研究する男が書いたらしい」

「へぇ。すでにそんな物好きがいたわけか」


 クロエはその本を手に取り、パラパラとめくる。


「そこに書かれたことを信じるなら、ユニコーンは人間に対して敵意を持っている。

 人間から逃げるのは厄介ごとを避けるためだが、いざ自分を追い込もうとする人間が現れれば、積極的に殺しにかかってくるんだ」

「それって、レンジャー達のことを言ってるわけ?

 彼らは言わばユニコーンの味方でしょ。

 悪質ハンターがユニコーンを殺してろくでもない商売をするのを止めるため――」


 クロエはそこでふと考え至り、自嘲気味な笑みを浮かべた。


「――まぁ、ユニコーンを捕まえようって言うあんたに協力してる時点で、あたしも同じ穴のムジナか」

「別にユニコーンに夢見る年じゃねぇだろ。処女のくせに」

「てめぇ、ぶっ殺すぞっ!!」


 クロエは激昂し、手にしていた本をバスタに投げつける。

 が、その行動を予測していたかのように、バスタは難なく本をキャッチしてみせた。


「まぁまぁ、落ち着いて姉御。

 被害が出る前に、俺達もユニコーンを捕獲したいんですよ」


 サルカスは持っていた酒瓶を、息を荒立てるクロエの前に突き出す。

 それを受け取った彼女は、かろうじて怒りを鎮めた。


「サルカス、お前何年こいつの相棒やっているんだよ。

 こいつがそんな高尚な考えで動くわけないだろ」

「ははは。まぁ、その通りで」

「お前だって、そんな慈善事業するようなキャラじゃない。

 ユニコーンで金儲けをする以上の企みがあるんじゃないのか?」


 クロエは怪訝そうに、バスタとサルカスを見やった。

 それに対して、二人の男が真顔で答える。


「好奇心を満たすため!」

「ある人の清純を証明するため!」


 ぽかんとするクロエ。


「……何言ってんだ、お前ら」

「まぁそんなことよりも、計画について話させろよ。

 俺達もさっさと動かないと、競合がどんどん増えてきちまう」


 バスタの計画はこうだ。

 ユニコーンの追跡はレンジャー達に任せる。

 彼らがユニコーンを追い立て始めたら、一足先にユニコーンを見つけて罠にかけ、動きを止めた後にかっさらう。

 ユニコーンは獰猛で攻撃的であるから、当然、捕獲時に交戦が予測される。

 バスタ、クロエ、ディンプナの三人がかりでユニコーンの注意を引き、サルカスが動きを止める。

 言葉で説明するのは簡単だが、とても簡単には行かないお仕事である。


「サルカスがどうやって動きを止めるんだよ。

 殺しはなしだろ? 得意のナイフ術も使えずにどうするのさ」

「筋弛緩剤って薬品があってな。

 それを体内に打ち込めば、筋肉の働きを緩慢にさせて動きを鈍らせることができる。平たく言えば、麻痺薬だな。

 そこそこ値が張るが、闇市で手に入る」

「ユニコーンって聖獣とか霊獣とか呼ばれているのに、そんな薬が利くわけ?」

「それは誇張だよ。ユニコーンだって動物だぜ。

 どこに打てば効果的なのかは、薬品を手に入れた後、馬で検証する」

「……あんたってさ、あたしが思う以上にゲスよね」


 一方で、同じくユニコーンを追うレンジャーが計画を進めるにあたってネックでもあった。

 バスタは、それについても考えを説明する。


「計画を遂行するには、レンジャーどもがユニコーンを追い詰める前に、俺達でやつらを出し抜く必要がある。

 レンジャー側からすれば、目的を異にする俺達は厄介者だからさぁご一緒に、というわけにはいかないしな」

「協力関係なんて結べない。

 かといって、ユニコーンを見つけるにはあいつらの力が必要。

 じゃあ、どうするわけ?」

「ユニコーンを追ってるレンジャーの一人を抱きこむ!」

「はぁ?」

「ユニコーンの保護って大儀があっても、結局はユニオンの依頼で報酬が出る。

 なら、中には金でどうとでも転ぶレンジャーがいても不思議じゃない」


 狡猾な冒険家は搦め手が上手いものだが、バスタはまさにそれだ。

 クロエは、バスタの計画に付き合うことを将来後悔しそうな気がした。

 だが、吐いた唾は飲めない。行くところまで行く覚悟だ。


「で、そのレンジャーのアテはあるわけ」

「一人いる。ちょうど御しやすそうな女がな」


 そう言うと、バスタは隣の相棒の肩を叩いた。


「サルカス、お前の出番だぜ」

「はぁ。あまり気が進まないなぁ……」


 サルカスは、珍しくしょぼくれていた。


「あんた、レンジャーに知り合いがいたの?」

「ええ。ちょっとした……その……」


 クロエの問いに、サルカスは口ごもってなかなか答えようとしない。


「こいつの元カノがレンジャーで、ユニコーンの追跡隊にいるんだよ。

 だから、いろいろと脅すネタは揃ってる。な、サルカス?」

「ははは。まぁそういうことです、姉御。

 平気で浮気するような女ですから、今回は俺が徹底的に利用してやりますよ!」

「……お前らさぁ、女にモテないわけだよ」


 クロエはため息をついて、結局この二人は馬が合うのだと納得した。

 隣からは、ものを頬張る音が聞こえなくなっていた。

 いつのまにか、ディンプナは皿に顔を突っ伏したまま眠ってしまっていたのだ。

 そのディンプナの頭を撫でながら、クロエは言う。


「目的を果たした時に、金さえくれればそれでいいよ。

 計画の内容にも口をはさむつもりはない」

「ああ。黒い血のクロエの活躍を期待してるぜ」


 クロエは寝ているディンプナを背負って、席を立った。


「そいつの面倒を見てくれるのか?」

「あんた達みたいなゲスにこの子を預けられないだろ。

 あたしの宿に連れてくよ。

 計画の実行日が決まったら、連絡をくれ」


 クロエ達が酒場から去るのを見送る二人。

 最後の酒を一気に飲み干し、バスタとサルカスも席を立った。


「俺は闇市でユニコーン対策の物品を集める。

 その間、お前はレンジャーの女をこっち側に引き込んでくれ」

「了解。しかしバスタくん、そんなもの買う金があるわけ?」

「前に砂漠の遺跡調査に同行した時の戦利品がある。

 それを売り払えば、当面の資金繰りには苦労しないと思うぜ」

「さすがバスタくん。

 俺の方もうまくやらなきゃな」


 二人はユニオンの入り口で別れた。

 その時、街路の暗がりから、彼らを見据える影がゆらりと動いたことなど、二人は知る由もない。

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