第四幕 処女のいない街(1)
「お兄さん達、一晩どう?」
夕焼けが街に影を落とす中、女性に声をかけられる二人の男。
足を止めることなく、声の主を一瞥して通り過ぎる。
目的が別にあれば、客引きの話に付き合うのは時の無駄だ。
ウエストガルムの歓楽街には賭博場だけでなく、娼館がいくつも点在している。
バスタとサルカスは、目的の人物を捜しに、とある娼館へと向かっていた。
「君の言う100%非処女って、どんな人物かと思っていたけど……。
まさか娼館からスカウトするって考えだったとはね」
「合理的じゃないか」
「スカウントマンが冒険家じゃ、怪しんでついてはこないでしょ」
「普通の女、だったらな」
途中、何人もの客引きに声をかけられたものの、すべて無視する。
太陽が建物の影に隠れる頃に、二人の男は目的の場所へとたどり着いた。
「着いたぜ。ここに俺が用のある女がいる」
「典型的な娼館だね。
この店が、他の店と何が違うってんだい?」
二人が娼館の扉を開けると、何とも言えない匂いが鼻をついた。
甘いお香の匂いと、煙草の匂いが混ざった、そんな匂いだ。
「いらっしゃいませ」
声のした方に振り向くと、若い女達の姿があった。
この店の娼婦達であろう。皆、露出の多い服を着て二人の男へと熱い視線を送っている。
女達の後ろでは、年配の女性――娼館の主であろう人物が、煙草をふかしながら店に入ってきた二人の男を品定めするように見据える。
「おやまぁ。なんと懐かしい顔だこと」
「覚えていてくれて嬉しいよ、マダム・ストレア」
「忘れるものかい。もうどのくらいになるかね。
スラムで拾ってやった小僧が、金庫から金を持ち出したまま煙のように消えてから十数年か……よく帰ってきてくれたねぇ。
そうか、冒険家になったのかい――」
マダム・ストレアと呼ばれた女は、じろりとバスタの背負うツーハンデッドソードに目をやり、眉間に皺を寄せて続けた。
「――ふふふっ。
娼館での男の価値は、金と、一物って決まってんだ。
でかい剣を持ってきたって、自慢になんてなりゃしないよ」
マダムが言い終えるのと同時に、娼婦達が鼻で笑う。
「わかってるよ。
あの時の金は返す。たっぷり利子をつけてな」
そう言うと、バスタはサルカスの持っていた皮の袋をひったくり、マダムの前に突き出す。
「……置いてみな」
バスタは言うとおりに袋を机の上におろした。
金貨がこすれあう音が響く。
マダムはくわえていた煙草を皿に押し付けると、バスタの顔に向かって煙を吐きかけた。
「ま、いいだろう。
持ってった金と、十年分の利子はしっかり用意してきたみたいだし、過去のことは水に流そうじゃないか」
「それじゃあ、本題に移らせてもらうぜ」
「その前に、その剣を預かるよ。女の子が怯えちまうからね」
「今日は客として来たんじゃない――」
バスタは部屋の中にいる娼婦達を一人一人見回した。
全員、露骨なアピールをしてきたが、バスタの目が留まる者はいなかった。
「――マウトラを少し借りたい。
金は倍払うから、数日だけ貸してくれないか」
バスタは懐からまた別の皮袋を取り出すと、先ほど机に置いた袋の隣に置く。
やはり金貨がこすれ合う音がする。
「マウトラなら、ずいぶん前に故郷(くに)に帰ったよ」
「なんだって!?」
「あたしから、自分で自分を買う金が貯まったんだよ。
今はもう奴隷は卒業。この国の一市民として、故郷の村に戻って平和にやってるんじゃないかね」
「マジかよ……なんてこった……」
想定外の返答をもらい、バスタは頭を抱えた。
そんな彼をよそに、マダムは机の上のふたつの皮袋を娼婦に持っていかせる。
「あの子をわざわざ借りたいってことは、冒険家の仕事を手伝わせる気?
昔もあんた、あの子を使って悪い客の闇討ち商売をやってたね」
「……マウトラは頭も顔も悪いが、腕っぷしは強かったからな」
「残念だったね。
あの子も、あんたのろくでもない企みに巻き込まれなくてよかった。
もう用は済んだんだろ。客じゃないってんなら、帰りな」
はあ、と溜め息をつき、バスタは消沈した面持ちでサルカスのもとへ戻る。
「悪いな、アテが外れちまった……。
そのマウトラってのは、クロエほどじゃねぇが、かなり腕の立つ女だったんだけどなぁ」
「ふぅん。娼館には、色んな人が集まるもんだね。
と言うかバスタくん、この店に金を返すために姉御との勝負でわざわざ賭博場を選んだんだろ」
サルカスはバスタの肩を叩くと、マダムに尋ねた。
「マダム。バスタくんが頼るってことは、察するにあなたはこの界隈でも名うての人物なんでしょう。
娼館は色んな人間が、色んな事情で流れてくる。
なら、そのマウトラって女の代わりになるような人物の心当たりもあるのでは?」
サルカスの察した通り、マダム・ストレアは歓楽街を仕切る大御所の一人に数えられる人物だった。
同じ街に店を構える娼館のオーナーや、女の出入りはおおむね彼女の情報網に引っかかるのだ。
「あんた、バスタの相棒かい?
よくそんなのと付き合ってられるね」
マダムは新しい煙草に火を点けると、少し考えを巡らせた後、答えた。
「……そうさね。
トコだけでなく、タテも強いとなると、白面金毛女楽のディンプナってのがあんた達の眼鏡に適うかもね」
「白面……金毛……?
それって、ここと同じような娼館なんで?」
「そうだよ。
ただ、うちと違って貴族ばかりを相手にする超がつく高級店だけどね。
しかも、ちょっと個性的な店でねぇ……面食らうかもね。
ま、あんた達みたいな二流の行く場所じゃないと思うよ」
「礼を言いますよ、マダム」
こめかみに青筋を浮かべながらニッコリと笑うと、サルカスはバスタを連れて踵を返す。
去り際、二人の背中に向けて、女達が鼻で笑う声が聞こえてくる。
サルカスが扉を閉める音は、開く時よりも大きく、苛立ちがこもっていた。
「そうカッカするなよ、サルカス。らしくないぜ」
「孤児院出の俺には、あの歳の女性には敬意を表するところだけどね。
あんな風に相棒がコケにされるのを見ると、ちょっとね」
「しかし、ファインプレイだったぜ。
お前のおかげで、捜し求める非処女のアテができた」
二人は拳をぶつけ合う。
物事が都合よく動いた時の、自分達だけのルーティンである。
店に入る前は赤焼けだった空だが、すでに星が顔を覗かせていた。
歓楽街が、本当の姿をさらけ出す時間である。
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