計画準備の章 ―前編―

第二幕 赤か、黒か(1)

「なんだって!?

 あたしに、ユニコーンの背中に乗れだぁっ!?」

「お前が適任なんだよ、クロエ。

 腕っぷしも強ぇし、なんせ処女だし――」


 バスタが言い終える間もなく、クロエのストレートパンチが顔面に炸裂する。


「てめぇ! このパスタ野郎!

 そういうことは、女に面と向かって言うことじゃないんだよ!」

「ぱ、パスタじゃねぇ……バスタだ」

「とにかく、あたしはてめぇらみたいな悪名ばかりの凸凹コンビと関わるのはごめんだね!

 ユニコーンのケツに乗ってもらいたい女なら、他を当たりな」


 取り付く島もなくバスタの申し出を一蹴すると、クロエは布に包まれたハルバードを背負い、踵を返す。


「ちょ、ちょっと姉御! お願いしますって。

 ユニコーンを捕まえるにも、姉御の力が絶対必要なんですから!」

「おい、サルカス。

 てめぇ、あたしが仲介したお客に恥をかかせたこと忘れたんじゃないだろうな?

 人の恩を仇で返すクソどもの頼みなんざ、聞きたくないね!」


 サルカスはみぞおちを蹴りこまれ、激しくせき込む。

 息が整う頃には、クロエは街路地から姿を消してしまっていた。


「はぁ……。

 クロエの姉御を口説くのは、ちょっと無理じゃねぇかい」

「だがな、ハルバードを持って駆け回れるほどの女傑だぜ、あいつは。

 ユニコーンが狂暴だってんなら、ああいうやつの力が必要だ。

 まして処女なら、その場で検証もできて一石二鳥だしな」

「そうは言うけど、俺達が女性の冒険家に声をかけて、まともに相手してくれるのは姉御だけだからでしょ」

「ちっ、仕方ねぇ。

 言葉での説得が無理なら、別のアプローチをかけることにするか」

「バスタくん、そんなんだから悪名だけが上がってくんだよ」







 数日後、仕事を終えたクロエは、馴染みの賭博場を訪れていた。

 なれた手つきで、カウンターで金とコインを交換する。


「クロエ様、先月の負け分がかさんでいますが、よろしいので?」

「固いこと言うなよ。

 ギャンブルがあたしの心の清涼剤なんだからさ」

「ご武運を……」


 ウエストガルムの賭博場は帝国への上納金を条件に運営を許可されている。

 顧客は、裕福層から冒険家など、多様だ。

 特に冒険家は、仕事で勘を鍛えられるからなのか、賭け事に対しては不思議と勝率が高いことで知られる。

 半面、負ける時には豪快に負けるのが、冒険家の特徴である。


「さぁて、今日はルーレットで勝負するかな」


 楽しそうな顔でルーレットのテーブルに着くクロエだが、1秒後にその顔が曇る。

 クロエが座って間もなく、同じテーブルに着いたのは、不敵な笑みを浮かべるバスタだった。その後ろには、付き添いのサルカスが置物のように突っ立っている。


「あんた達、まだあたしに用があるのかよ」

「いやぁ、俺らもたまにはギャンブルで運否天賦の勝負をしてみようかと」

「……別にかまわないけど、他のテーブルでやりなよ」

「嫌だね!

 このテーブルは、女がディーラーだってのが気に入った!

 このお姉さんとなら、相性がよさそうだ」


 ディーラーは少し困った顔を見せながらも、テーブルに着席したプレイヤー達の様子をうかがう。

 テーブルには、バスタやクロエ以外にも数名のプレイヤーがおり、すでにどこに賭けるかを検討している様子だ。

 頃合いとみて、ディーラーはゲームの準備に移る。


「それでは皆様、ベットをお願いいたします」


 クロエは不満げな表情のまま、手元のコインをチップと交換し、番号の描かれたレイアウトの上へとベットする。

 それを横目に見ながら、バスタもベットを終える。

 6目賭けのクロエに対して、バスタは4目賭け。

 テーブルに着く他の客もおおよそベットを終えた頃、ディーラーが回転盤に球を弾く。


「さぁて、今日の運をはかるとするかね」

「黙ってろパスタ野郎。

 あんたが喋ると、あたしの運が逃げちまう」

「なら、今日はおしゃべりになりそうだ」

「てめぇ……!」


 回転盤を高速で転がる球の行く末を見守りながら、バスタとクロエが毒づきあう。

 二人の睨み合いをよそに、回転盤の球は徐々に球速を落とし始める。

 カチャリ、という音と共に、球が回転盤のポケットに落ちた。


「黒の33です」


 テーブルのプレイヤー達から、落胆した声が漏れる。

 今回のゲームで当たり番号にベットしていたプレイヤーはいなかった。


「まぁ、最初から当たりが来るってのは虫が良すぎるかな」

「いいや。てめぇがいなきゃ、きっと当たってた」


 二人のいがみ合いは、その後のゲームでも続いた。







「赤の23です」


 当たり番号を6目賭けでベットしていたクロエの勝ち。嬉しそうな顔でチップを受け取り、負けた男に向けて鼻を鳴らす。

 対するバスタは、アウトサイドベットで見事にしくじっていた。


「もう四連続負けだな、パスタ野郎。

 ダース賭けで外してちゃ話にならないね」

「お前だって勝ったり負けたりじゃねぇか。

 このテーブルで最後に笑うのは、この俺だ!」

「言ってな、ほえ面かかせてやる!」


 テーブルには、バスタとクロエの二人しか残っていなかった。

 この二人のいがみ合いに興を削がれたのか、他のプレイヤーは全員別のテーブルへと移ってしまったのだ。


「次は、4目賭けだ。ここに来る気がする!」

「なら、俺は3目賭けで勝負してやる!」

「……やっぱりこっちに2目賭けしよう」

「このクソ女、俺を煽ってるだろう!?」

「あんたは負けが込んでるんだから、もっと無難な賭け方をするのが身のためじゃないか?」


 口論ばかりで一向にベットしない二人を見かねて、ディーラーがついに割って入る。


「お客様、早くベットしてください。

 ゲームはもう始まっています」


 そう言って、ディーラーは二人のベットを待たずに回転盤に球を投げ入れる。

 ディーラーに急かされ、クロエは2目賭け、バスタも同じく2目賭けでベット。

 意図してなのか、二人ともまったく違う番号にベットしている。

 勝つか負けるか引き分けるか、戯れのギャンブルは、いつの間にか二人の意地の張り合いになっていた。


「お姉さん、俺の賭けた番号に入れてくれよ。頼むぜ!」

「そういうのはやめてください。

 私はテーブルの上のチップがどうあれ、すべてのプレイヤーに対して、平等に球を投げるだけです」


 ディーラーを含めて、バスタもクロエも回転盤を回る球の動きを見守る。

 カチャリ、と球が落ちた番号は――


「赤の30です」

「よっし、勝った!!」


 ガッツポーズで喜びを露わにするバスタ。

 もちろん、クロエを煽るための行動に他ならない。


「一回勝ったくらいで、よくそんなにはしゃげるもんだね」

「俺に負けたのが悔しいかい?

 勘が鈍ってるんじゃないのか、クロエ」

「ぐぬぬ……」


 クロエは苛立ちを抑えながら、手持ちのチップをベットする。チップをどっさり強気のダース賭け。

 バスタは検討の末、クロエの賭けた隣のダズンエリアにダース賭け。やはりチップをどっさり!

 完全に二人だけの勝負に没頭する両者の姿勢に、ディーラーも呆れ顔だ。


「この野郎、上等じゃないか……!」

「今日のお前の運は、俺が食い荒らしてやるよ。

 ユニコーンに慰めてもらいたくなるまでな」

「またその話か。馬鹿馬鹿しいっ!」


 ギャンブルにとんと疎いサルカスは、相棒の勝負を見守りながら、クロエの様子を観察する。

 普段のクロエは、どんな危機的状況でも冷静な思考を保っているが、賭博場ではまた異なる一面を見せていた。

 賭け事に浮かれているから――否、目の前のバスタに対する敵がい心が、彼女から冷静さを奪っているのだろう。

 仕事で相対する魔物に対しては不敵な彼女も、同業者の悪知恵働く人間にはイマイチ空回りするらしい。


 そして二人のギャンブルは、やがて最高潮を迎える――

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