第4章

昔から演じることは得意だった。病気がちの母に心配をかけまいと笑顔で明るく振る舞うことを心がけていたからだ。だから、演劇部に入ったのは母の前でボロが出てしまわないようにするためで、純粋に演技が好きとか言う理由では無かった。優狼ゆうろうも演劇部に入っていたのだが、特に入りたい部活が無くて俺が入るならという理由で入ったらしい。俺は家での対応のおかげで先生からお墨付きで、優狼は優狼で筋があり、よく主役の争奪戦をしていた。あぁ、そうだ。入った理由もう一つあった。これも母が関係していて母は読書が好きだった。しかし、視力が低下して読めなくなってしまったのだ。だから、俺が読み聞かせしようと思ったのだが、どうせ読むなら聞いていて楽しいものにしたいと思ったので、役を演じ分けられるようにしたかった。いずれにせよ、母のために入った。けれど、母が本好きというのは本人から聞いたわけではない。何故分かったのかといえば、家に大量の本があったことと、自分の名前からだ。大量の本の中でも、芥川龍之介と江戸川乱歩の本がボロボロになるほど読み込まれていた。江川というのはたまたま[#「たまたま」に傍点]だろうが、龍歩はその二人を組み合わせたのだろうと思った。そんな母のDNAをしっかりと受け継いだおれは本が大好きで、母の本を一冊ずつ読んでいき、読み尽くしたら二周、三周と何度も読んだ。そういうわけで高校では文系を選んだ。優狼はというと、医者の家の長男で継がなくてはならないという理由で理系にしていた。今まで何をするのも一緒だったので、別々の道を歩むのは初めてのことだった。まぁ、部活は一緒だから別によかった。それに、互いに苦手な教科が逆だったので教えあいもしていた。ただ、化学はすごく好きで、特に成分を調べるということにハマって、一時期読書よりも熱中していた。母が飲み残した薬を研究して楽しんだりもした。兎美に出会ったのは、母が入院して、見舞いに行った帰り道だった。その日は朝から曇天で帰っている時には、傘をさすほどではないが、雨が降っていた。病院から家までは徒歩十五分程で、その病院は優狼の父親が医師をしていた。雨が酷くならないうちに帰りたかったので、早歩きをしていて家の近くの公園を通りかかった時だった。顔が青ざめた女の子が公園と道路の間にしゃがみ込んでいたのだ。

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