第5章

 「今日は天気が良くないから、僕が帰るまで家で大人しくしているんだよ。あと、お昼ご飯は机の上に置いておくからな。分かったか、兎美うみ?」

優兄ゆうにぃ心配しすぎだよ。兎美もうすぐ六歳になるんだよ」

「うん、そうだな。それに僕の妹だもんな」

そう言って優兄は私の頭を撫でた後、行ってきますと言って学校へ行った。私は雨が降ると体調が悪くなってしまう。だから、他の子みたいに幼稚園とか保育園とかに行っていなかった。いや、正確には行っていたが、辞めざるをえなかったのだ。特に梅雨の時期なんかは、ほぼ毎日ベッドの上にいる。お父さんはお医者さんだけど私の事なんか構ってくれない。病院の医師を増やしたいから男の子が欲しかったんだって。でも私は女の子だった。そう分かった時点でお父さんは堕ろさせようとしたらしいんだけど、お母さんが止めて私を産んだんだって。まぁ、当たり前だけど当時の私はそんなこと分かってなかったんだけどね。私を産んで割とすぐにお母さんは交通事故で亡くなった。だから私を育ててくれたのは優兄なの。だから私は優兄が大好き。お母さんのことは覚えていないけど、名前をつけてくれたし、何よりも優兄に会わせてくれた。だから、お母さんのことも大好き。でも、お父さんは嫌い。だって、優兄のことは大事にしているのに、私には口も聞いてくれない。そんなんだから、基本的にいつも家に一人でいる。外に行くのは優兄が休みの日だけ。いつもなら約束を破るなんてことしないんだけど、この日は外に行きたくなってお昼を食べてから少しだけと思って近所の公園に行くことにした。その日は晴れていたので何の問題もなく、味をしめて何度も出掛けるようになった。そんなある日のことだった。いつもは晴れている日しか行かなかったがこの前優兄が買ってくれた靴が履きたくて曇っていたけど外へ行くことにした。公園についていつも通り一人で遊ぶ。この時間は誰もいないので占領でき、お姫様気分になれるのだ。ある程度遊んで帰ろうと道路付近に行った時、急に体に力が入らなくなって目の前がぐにゃりと曲がり、思わずしゃがみ込んだ。怖くて呼吸の仕方が分からなくなる。走った後のような呼吸しか出来なくなり、だんだん意識が朦朧としてきた。私は泣きながら助けを求めるように

「優兄。優兄。優兄……」

と呟いていた。と、その時

「どう……? だい……?」

誰かに何か言われたのだが、譫言うわごとで優兄と連呼していて何と言われたのか分からなかった。そして体力が尽き、意識が途切れた。気がついた時には自分のベッドの上で夢かと思ったが、怒った優兄の顔を見つけて現実だと知ったのだった。

「兎美、何で外に行ったんだ?」

口調はいつも通り穏やかだが、顔は確実に怒っている。

「ごめんなさい……」

優兄は大きくため息をついた。

「今回は僕の友達が、たまたま通りかかったからよかったけど違う人だったら……」

「まぁまぁ、優狼、落ち着けよ。お前が言った通り何とかなったからよかったじゃないか」

と知らない人が優兄の口をはさんだ。

「心配に決まってるだろ。だって、兎美は僕のたった一人の大事な妹なんだから」

そう言いながら、私に温かいココアを渡してきた。うっかりフーフーと息を吹きかけてから飲むのを忘れてしまったが、優兄は私が猫舌なのをきちんと理解しているので、ちょうど飲めるくらいの温度だった。

「にしても、俺の記憶が正しくてよかったな。前に見せてもらった兎美ちゃんの写真と、優兄って呼ぶんだって言ってたこと覚えてたんだからな。俺に感謝したまえ」

と知らない人は言い、優兄に笑いかけた。

「あぁ、ありがとう」

私はその人が誰か知りたくて、

「お兄さんだぁれ?」

と聞いた。

「そうか、まだ名前言ってなかったなぁ。俺は優狼の友達の……」

名前を言うその瞬間、唐突な睡魔に襲われて眠ってしまい、お兄さんの名前を知ることはできなかった。覚えていることとえば、お兄さんはマスクと眼鏡を掛けていて、お日様のような優しい香りがしたことで分かったことはこのお兄さんに恋をしたことだ。しかし、残念ながらこのお兄さんに二度と会うことはなくて優兄曰く引っ越したということだった。

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