第2章
体温計を取りに行くと言ってお嬢様の部屋から出てきた私は、すぐに取りに行かず、隣の自室に直行した。
(危ねぇ……不覚にもときめいてしまった。だって裾掴んで『行かないで』とか普通恋人にするやつだろ。しかも病気で上気した頬に涙目とかなんか[#「なんか」に傍点]……いや、ダメだダメだ。落ち着け俺。深呼吸、深呼吸)
ゆっくりと吸っては吐いてを繰り返し、なんとか冷静さを取り戻そうとする。あくまで私はお嬢様の執事である。それ以上になっては行けない。十分に分かっている。しかし、何年も面倒を見てきたのち、自分の本当の思いに気づいてしまった。俺はお嬢様……いや、
「さて、これ以上お嬢様を待たせるわけにはいきませんので、行きましょうか」
切り替わったかどうかを確認するために声に出す。手早く本来の目的の体温計を取りに行き、扉を二回ノックすると返事がなかったので、様子を見るために入ることにする。ベッドの近くに行くと少し乱れた荒い呼吸で眠っていた。もう一度体温を確かめようとさらに近づくと頬に乾いた涙の痕があった。
「遅くなってごめん……申し訳ありません」
寝ているという安心感からか、口調が迷子になりかけ、慌てて言い直す。そして、
(平常心、平常心、平常心……)
と呪文のように頭の中で繰り返す。お嬢様から目を逸らし気味に、彼女の額に手をあてると想像以上に熱かった。冷やしたタオルを持ってこよう。タオルと一緒に頭も冷やそう。そう考え、その場場を離れようとすると額にやっていた指に触れられた。起こしてしまったかと顔を覗くと目が溶けてしまいそうなほどトロンとしていて寝ぼけているようだった。
「手、冷たくて気持ちいい」
と、何とも無防備な笑みを向けてきた。それだけならまだよかったのだが、
「ねえ、江川、兎はね寂しいと死んじゃうんだよ。だから江が……
と、お嬢様は言った。この言葉は病気の時の
「
思わずそう呟いた。
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