第5話【心】

◇主要登場人物◇

白石天しらいしたかし:死に損ない



水汽氷汰みずきひょうた:炎獄の遊人



箒谷塗炭ほうきだにとたん:駁流の狩人



刑部牢庫おさかべろうこ:鎧鍛冶屋



数々人々すうすうにんにん:百器使い



断罪院鉦告だんざいいんかねつぐ:鏡面の識者



道理喪蔵どうりもぐら:従者



緋崎藍色ひさきあいいろ:予測主



綺羅星きらぼしねね:幼子



脳針筵のうばりむしろ:肉槽



伽藍端〆がらんはじめ:傍観者



伽藍真衣がらんまい:罪人




-0-

掛け値のない未来のために



終わりにしようじゃないか



断罪院鉦告だんざいいんかねつぐ



曰く、【最速の老獪アクティブサンデー】【即時無間】【鏡面の識者】などと異名は数多くあり、いつの間にか現緑夜叉ろくやしゃ村最強の魔術師として、今尚君臨し続けている彼は、通り名に負けず劣らずの功績としての逸話も幾らかあった。



例えば公式・非公式を含む魔術師同士の対戦成績バトルレコードでは、183戦中182戦を勝利でおさめていた。



例えば821体の人造魔導少女群を束ねる叶芽維悔カナメイブの襲来時には、無傷ノーダメージのまま相手を絶命ていしたらしめた。



例えば10年前の儀式の罪人であった伽藍奈直ガランナナヲの反逆《クーデター

》の際も、相手に一度の攻撃をも許さずに絶命こときれさせた。



主に酸と近接武器の投擲が戦闘手段スタイルである彼が、他の誰にも敗北を喫さない主要な理由として、無詠唱で魔術を発動している様にしか見えないという点が挙げられる。



研磨し、研鑽けんさんし、どれほど己を高めようとも、自らが発する詠唱を伴わなければ発動しない魔術のことわりを、それこそ理外チートさながら、彼だけが詠唱不要のノータイムで、連続で連発し連打出来る。



罪人を除く村人には一切手を出さず、反面その他には一切の容赦をしない。



徹底的な排他主義者アンチ・アウトサイダー



そして無粋なまでに普段は寡黙を貫く彼は、恐怖を主体にここ半世紀あまりの間、常に儀式の裁人という最高責任者の席に居座り続けていた。



魔術師であれば戦う事を避けるべきである、絶対に対峙してはならない断罪院に敗れた、ただの人間であった白石天シライシタカシは。



罪人である伽藍真衣ガランマイを助け出す為に、彼との雪辱戦を果たすべく、死の淵から黄泉還よみがえり、そして・・・・・・。



-2-

この度の儀式の罪人である伽藍真衣が幽閉されていた建物を背に、白髪の男が立っていた。



「こんばんわ、カネツグさん。再びお会いするのは3時間ぶりでしょうか?」



猫背で、だらんと腕を下げ、うつむき加減にこちらを見つめている。少し前に肉片一欠片ひとかけらに至るまで溶かし尽くした――完膚なきまで殺し尽くしたはずであった、かつての妨害者が自分の前に立っている。



普段より魔術ありきの生活を営んでいる断罪院は、それこそが、とうの昔に死んでいるのは裏の取れている事実であったし、逆に自らの不手際ケアレスで殺し損ねたものだと考える。



「いやぁ、あの時は驚きましたよ。だって俺ってば死んじゃうんですもんね。安心してください、そこだけは間違いない事実です。白石天シライシタカシはあの時確実にこの世から消滅した。あなたに一方的に攻撃を受けて、絶命したのです」



不敵に笑う眼前の男は、それこそ白髪はくはつであったものの、確かに自身がほふった妨害者の風貌ふうぼうをしている。



殺害したのを正とするならば、こいつは一体誰なんだ? そんな疑問がよぎるも解答が出てこないのを見越してか、白髪は言葉をつむぐ。



脳針のうばりさんがね、俺の体内に“自身の一部”を潜ませてくれていたみたいなんですよ。で、白石天を構成する全てが強酸の池で溶けきった際、その一部が予備個体ストックとして再び白石天に成り代わった。それだけです。それ以下もそれ以上もありません。だから今の俺は」




白石天であって、白石天ではない。




「貴殿がそう言うのであればそうであろう。否定はしないし信じよう。しかしに落ちないのが、どうしてあれほどまでに痛めつけられ、あまつさえ命を落としたにもかかわらず、再び我輩の前に姿を現した? 解せん、解せんのだ。得などこれっぽっちもなかろうに」



「メリットデメリットの問題じゃなくてですね、これは一種のケジメみたいなもんです。おっしゃる通り、あなたと向き合う行為自体はそれほど賢い選択では無いのは、重々承知はしております――――って、くあー。あー、あー、あ~~~~~!」



垂らしていた両腕をぶんぶんと旋回せんかいさせ、白髪は体勢を整え出した。



「もういい、ヤメ。キャラ定着する為に敬語貫き通してたけど、なんかダルい。てゆーか俺いっぺん死んでるし。ですます口調で話すのって、そーとー面倒ぃし、やめだやめだ! とはいえ伽藍さんを助け出す、そこは揺るがないしブレないし、俺にとっての最大目標には変わらない。でもなー。やっぱりなー。ラスボスであるアンタをぶっ殺さなきゃ気が晴れないんだよなー」



急に、喋り方が丁寧語を伴っていた今までの其れに比べて、かなり砕けた感じに変化をしていた。加えて剣呑けんのんでない好戦的な冗句まで飛ばしてきている。



そんな白髪をみて、断罪院はやれやれと嘆息した。



「愚か。愚かだな。馬鹿は死ななきゃ治らない・・・・・・あの標語ことわざは嘘だろうよ。馬鹿は死んでも治らないし、死に損なった所為せいで更に加減が悪化している。馬鹿が。馬鹿めが。折角拾った命をまた捨てようとは。それが貴殿にとっての矜持きょうじか何なのかは知らんが――良いだろう。何度挑もうが我輩に勝てない事を、再びその身に刻んでやろう」



もっとも今度こそ完全に溶かし尽くすがな。そう断罪院は呟くようにして、己の背に3メートル四方の鏡を出現させ、演奏の指揮者のように見えない指揮棒タクトを操る素振りを見せる。




がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・


がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・


がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・


がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・


がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・がぃん・・・・・・




白髪が視認する限り、既に5体の躯が鏡の中を反射していた。




「おーおーおーおー。初っ端っから全開フルスロットルって訳ね。上等上等、いーねーいーねー! 手加減無しに全身全霊、本気で殺しにきてくれてありがとう! 俺も俄然やる気になっちゃうなー!んじゃまー前口上はこの辺で――――殺死合おう」




どちらか片方が死亡しなければ決着しえない、そんな断罪院と白髪の最終決戦ラストバトルが開始する。



-3-

自分の身体及び記憶を脳針のうばりの一部で再生成リメイクされている己は、既にかつての自分では無いと白髪は考える。



考えた所でそれは詮無き事であったし、ことさらどうしようも無い事でもあったし、考えるだけ無駄なのは考えるまでも無かったので、別の事象を考察する事にした。



思い出す。自らが死に至るまでの経緯を、その流れを。



断罪院の魔術について、思考する。



魔術の発動に詠唱が不要。



詠唱が不要のまま即時に魔術を発動可能。



前提として、印象イメージとしてそれらが強くあるのだが、果たして本当にそうなのだろうか。



両足を斧で切断され、出血多量の所為で消え入りそうに意識が無くなりつつあったあの時、今まで間髪をいれずに攻め続けてきた割には、最後の一撃までの間隔がやけに長かったような気がする。



これは推測だが、ひょっとしてアイツは



だとしたら、どうして。



不要なのに詠唱を行った理由は? 自分にトドメを刺す為にとっておきの魔術を披露したかったからが故に、敢えて詠唱を行った?



もう一度アイツの攻撃方法を振り返る。一つ一つ並べて、列挙する。



・自分を中心とした10メートル四方の地面が音も無く突然消失した。


・穴の下でいつの間にか火矢が刺さっていた。


・目をそらした隙に周囲の壁と天井が鏡になっていた。


・鏡の内側を頭部・四肢を布で覆われた骸が反響し→鏡面から飛び出し自らの身体を通過した後にいつの間にか酸を被っていた。


・投擲した爆弾で天井の鏡面を破壊し叩き割ったはずの何も存在しない宙に浮いていた。


・右手をかざして振り下ろした後に左腕に鉄製の弓矢が刺さっていた。


・左手をかざして振り下ろした後に斧が両足を切断していた。


・暫く時間をおいた後に大量の酸が降り注いできた。



基本的には目視では確認出来ない前提がある。火矢も酸も鉄矢も斧も、どれもがどれも気が付けば刺さっていたし、被っていたし、断ち切っていた。



視認不可イコール透明化の魔術だとも考える、しかしそれでは無詠唱ノータイムで発動する裏づけにはならない。



最終の八つ目以外(それを詠唱あっての攻撃と仮定した上で)は、共通項は詠唱をしていないということ。



そこまで考えて、ふと思った。



もしも今までの攻撃が詠唱無しの魔術を発動していたのではなくて。




                                     




あくまで仮説。言質も取れていなければ空想でしかない想像の範疇の憶測に他ならないのかもしれない。



それでも、魔術師であれば発想にすら至らない断罪院の魔術の秘密に、魔力を有さない人間であった自分だからこそ、拙いながらも辿りつけていた気がした。



それを踏まえた上で、タカシが取った行動とは、それを裏手にも逆手にも取った奇策などでは無く。



――――敢えて攻撃を積極的に回避しない、



-4-

(こいつ・・・・・・どうして・・・・・・)



あれだけ自分を苦しめた骸による強酸攻撃を、左腕と顔面に喰らっているのに、まるで歩みを止めない白髪に、断罪院は若干の焦りを感じていた。



20メートルほどの距離を、牛歩のようにゆっくりと一歩ずつ歩いてくる対象は、激痛を感じているはずなのに、どうして。



肘から下の腕の肉はごっそりと削げ落ち、溶かしきった顔面はうっすらと頭蓋骨が覗いているのに、さも当たり前のように歩いているのは何故なのか。叫び声一つあげずに、不死者ゾンビのように間を詰めてくるコイツは、一体何なんだ。



「このっ・・・・・・止まれ!」



十字に交差させた腕を、前面に振り下ろすような動作を行う。途端に、白髪の胴体を3本の槍が貫いた。ほんの一瞬、動きが止まるも、貫通した槍を抜こうともせず、じりじりと断罪院まで歩み寄ってくる。



(致命傷は充分すぎる程与えているのに――何故この若造はまだ動く・・・・・・!?)



自分はまだ何もされていない。圧倒的優位に立っている筈なのに、精神的に追い詰められている感覚がどんどんと増し、それに比例して間隔まあいもじわじわと狭まってくる。



「う、ぐ・・・・・・我輩に近寄るのを止めろと言っている!!」



補充ストックしてきた武器数が僅かになっている点も、彼を焦燥に駆ることとなった一因ではあった。出し惜しみは出来ないと踏んで、彼は持ちうる全ての武を投擲する。



眼前の老人が、それこそめちゃくちゃに腕を振り回し始める。その様を見て、白髪は頭部と脚部のみに神経を研ぎ澄ます。



飛来する数多の矢を全身で受け、剣を肋骨の間に刺し受け、槌で右肩を破壊されながら、余裕である表情を決して崩さず、内心では死に等しい激痛にのた打ち回りたい衝動を、どうにかこうにかして抑えながら、歩みは止めずにいた。



(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い)



(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い)



(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い)



(倒れたい・倒れたい・倒れたい。このまま、今すぐに意識を失って。でも、あとちょっと。あとちょっとだけ頑張れ。たぶんもうすぐ、もうすぐ終わる。終わらせれる)



常人であればとっくに致死である出血量・肉体の損傷量を、脳針の組織体によって作り変えられたお陰で、カバーし得る。とはいえ、その耐久量も限界リミットが近づいてきていた。限界リミット近くとも倒れていないのは、意志による力も大きかった。




大切なのは。最も大切なのは、相手に自分が如何に瀬戸際ギリギリであるか悟らせない事。



化け物だと錯覚させるぐらいに、余裕ぶる事。



あくまでもゆっくりと、駆け出すことなく歩を運ぶ事。



そうすれば。そうすればきっと。相手は、このままでは駄目だと判断する筈。




判断した結果――――最も強力な魔術でトドメを刺しに来るはず。




「おいおいおい。どうしたぁおじいちゃん?早朝のラジオ体操にゃあ、まだもうちっとばかり早いんじゃないか? 疲弊しちゃってまぁ、みっともないったらありゃあしない。待ってろよーそっち行ったらそこからはじめて、俺のターンなんだからなー」



溶け落ちた頬に、既に動かせない骨だけになった左掌を咥え、がちがちと鳴らす。単なる挑発行為パフォーマンスでしかなかった。なかったのだが。



焦燥し憔悴した断罪院は、白髪の行動が契機トリガーとなったのか、息を大きく吸い、呼吸を整え、詠唱を唱え始めた。




『・・・・・・だると ぐらべりえ きりく もるたな かぃなるす てるべ・・・・・・』




きた。来たぞ。まだだ、まだ動くな。




『・・・・・・きりえ えとべらん どるた もるてね くりにひと てるべ・・・・・・』




発動の瞬間まで、耐えろ。そして相手に自分の動きを悟らせるな。




『・・・・・・ごると ごるてぃえ ごると ごありく しるばぁん るひと・・・・・・』




落ち着け。やれる。落ち着け。やる。いける。いける。いける。いけ――――ッ!!!





『魔全臨法――原罪/斗・羅・倶・籠・弩ホワイトサタン!!!』





刃渡り7~8メートル近い巨鎌を構えた霧のような何者かが、白髪に向かって放たれた。




斜光に見紛う真一文字の横薙ぎ一閃にて、自身の身体が真っ二つにされた瞬間、白髪は。




吹き飛ぶ下半身を腕で押し退け、その勢いのまま断罪院の真前まで宙を飛び。





「あー痛かった。そんじゃま、さよならってことで」





剥き出しの喉元に、思いっきり噛付いた。











・・・・・・






・・・・・・・・・・・・





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・









-5-

朝日が差す。夜が明ける。



白髪はゆっくりと眼を開けた。



どうやらいつの間にか眠っていたようだ。視界には、女性の顔が逆さまに見えi

て、柔和な笑顔をこちらに向けている。



「はじめまして。伽藍真衣さん、かな?」



「おはようございます。えぇ、わたくしがそうでございます。あなたのお名前は?」



「俺ですか。俺は白石天という者です。あなたを助けにやってきました」



「その節は、本当に感謝しかありませぬ。こんなにボロボロに、傷だらけになられて・・・・・・」



「というかこの流れ・・・・・・昔見た古い漫画コミック最終頁エンディングに激しく既視感があってですね――確かその際はこんな具合に親友と波打ち際の岩場で語り合いつつ実は下半身ぶっ飛んでて主人公が死に際っていうのがあって――俺もそんな感じで死んじゃうとか?」



「うふふ、おかしな事を言う方なのですね。ご自分の目で確かめて見なさいな」



目線を腹の辺りに下げると、真っ二つにされた筈の下半身はいつのまにか元に戻っていた。そして腰には簡素な布が巻かれている。



「まぁ正直に申しますと、わたくしがタカシさんの所へ来た際には、上半身しか無かったのですけれども」



「え?じゃあなんで元に戻っているの? くっついたとか??」



「いや。。腕とか胸とか顔とかも、見る見るうちに治っていったというか」



脳針の卵虫いちぶがまだ残っていたからかなのかは分からないままに、それでも全身が治っているご都合主義にほんの少しだけ安堵しながら、白髪は真衣に質問する。



「グロかったでしょ?」



「グロかったですわね」



「それはそうと」



「なんですの?」



「ねぇ真衣さん」



「なんでしょう、タカシさん」



「俺と」



「俺と?」








俺と結婚してくれませんか?








[GoodBoy & BadGirl] is Connect.



However......



Where did they disappear?


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