第7話 公開処刑

「部長、申し訳有りません!」


 俺は結局ルーム216に戻った。

 可愛い後輩のため、そんな理由じゃない。

 ただただ逃げるのが怖かった、それだけだ。


 ルームは異様なまでに静まり返っていた。

 テレビには歌のガイドが流れ、バックコーラスも流れている。なのにそこにいる人、みんながじっとして、ただただ凍りついていた。


 八神部長のメガネが光った。

 そしてマイク越し大音量が響いた。


「このぉ、ばかものぉぉぉぉぉぉぉ! 歌がはじまっちまったじゃないががががががが! このぉ、ボケがっっっ!」


 生声でも迫力のある罵声、俺は思わず耳をふさぐのを必死でこらえた。


 これが正解だったのだろうか。

 早乙女は帰った。

 そして部長は明日になれば覚えていない。

 ならば帰るのが正解なのだろう。

 あいつが正解、俺は不正解。

 俺は不器用な人間だ、そこが昔からのコンプレックスだった。そのせいで今までなんども辛酸を舐めてきた。でもこうするしかなかったんだ。


「ん? 早乙女君は?」

「あいつ今日コール当番なんで。さっきかかってきたみたいです」


 八神部長はポケットからスマホを取り出した。

 そして慣れない手つきで、タップしていった。そして耳に当てる。


「……あ、早乙女君? 終わったか? 何してる、歌始まってるぞ、ああ——」


 どうやら八神部長はコール当番の番号にかけていたようだ。

 電話中でなかったため、あっけなく今はコール対応でない事がばれた。


 5分後、早乙女が216に合流した。それなりに遠くまで行っていたようだ。

 顔面から血の気が引いていた。

 八神部長が怖いくらい静かに5秒、早乙女をじっと見つめる。


「歌え」


 部長の低い声が響く。

 早乙女は明らかに動揺していた。

 はい、そう言うとゆっくり腰掛け、タブレットで歌を探し始めた。

 俺含め残りの三人もただじっとその様子を見つめる。

 

 まさに、判決を言い渡される死刑囚。

 これからの歌の選択で、あいつの運命が決まる。

 セーフか、それとも島流しか……。


 選んだ曲はこれだった。

「それでは、失礼します。サザンオールスターズで、勝手にシンドバッド!」


 LaLaLa〜LaLaLa LaLaLa〜


 から始まるあの曲だ。

 早乙女の十八番。今まで何回も聞いたことがある。確かにうまい、


「胸さ〜わぎの〜腰つき! 胸さ〜わぎの〜腰つき!」


 だんだん早乙女も乗ってきた。

 八神部長はピクリともせず、背筋を伸ばし始めた。

 メガネがテレビを反射して、どんな目をしているのか見えない。


「今何時!? そ〜ねだいた〜いね、今何時!? …………あれ?」


 2回目の「今何時!?」のとき、突如、曲が終わった。

 画面をみると、強制終了されていた。

 早乙女が恐る恐る八神部長を振り向くと、部長はその場に立ち上がっていた。


「こぉ〜のぉ〜バカやろうぅぅぅぅぅっっっ!! 下品な歌うたいやがってぇ! なにが腰つきだ、このボケっ!! お前には適切な部署を紹介してやるからな!!!」


 早乙女がそのままがくん、とソファにもたれかかった。


 死んだ。

 たった今、一人の戦士が死んだ瞬間だった。

 島流し内定である。


 部長はそれから、さらに勢いづいて歌を入れまくった。

 音量もMAX。いよいよ頭がガンガンしてきた。

 

 時は深夜0時を回ろうとしていた。

 死んだ早乙女はもちろん、山田も里美ちゃんももう限界だった。体調を崩す前に頭がおかしくなる。


 そんな最中、俺の頭には一つのあらぬ考えを思い浮かべ始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る