第6話 運命の分かれ道 メロスの選択

 かかってきたのかよ、こんなタイミングで。

 くそ……あいつの一人勝ちか!


 思わずすれ違いざまに殴ってやろうかという拳を収め、俺が216のドアに手をかけた時、誰かが俺の腕を力強く掴んだ。


 ふと振り向くと、その手は早乙女だった。

 あいつがPHSを耳に当てながら、俺の目を見ていた。


「お前……もしかして」


 早乙女はゆっくり頷いた。

 そしてそのままPHSを胸元へしまう。その電話から声は聞こえてこない。


「お前……そこまで堕ちたか! 自分に嘘をついてまであの場を抜け出すなんて、恥ずかしくないのか!」


 早乙女の表情に曇りはなかった、今まで見たことのないほど奴の目の奥は澄んでいた。


「おい阿久津、これが最後のチャンスだ。部屋には戻るな、俺は帰る、お前も帰れ」

「は?」

「部長はどうせ明日には全部覚えていないんだ。今までの傾向だとその場にいなかったものは罪に問われていない、居たもの損ってやつだ」

「そんなこと言ったって……残された山田と里美ちゃんはどうするんだ」

「阿久津。これは非常事態だ。一晩の睡眠不足で済めばいいが、もし下手して島流しにでも遭ったら、お前の家族だって壊滅だぞ? この前流された下大迫しもおおさこだって流された後、離婚したの知ってるだろ?」


 流された下大迫。噂には聞いたことはある。ひどい目に遭ったというのは知っていたが、まさか離婚していたとは——。俺は事態が深刻であることを改めて認識した。

 早乙女は諭すように続ける。


「大丈夫だって。あいつらだって分かってくれるだろ」

「そんなこと言ったって……」

「阿久津!」


 早乙女は俺の頬を両手で掴んだ。そしてぎゅっとする。端から見たら俺はタコみたいな顔をしていたかもしれない。思わずぽかんとなった。


「お前はそこがだめなんだよ、優しさだけじゃ乗り越えられないものもあるんだ。大事なものを守るためには何かを犠牲にしなくちゃならない、そうだろ? 人の事の前にまず自分と自分の大切な人の命を守れ!」


 確かにこいつの言う通りだ。

 優しさだけじゃ、世界は救えない。こいつみたいに考えて優しくしなくちゃ、いずれ身の破滅を招く。確かにその通り。

 

 俺の選択肢は二つ。

 ルーム216に帰るか、そのままここを後にするか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る