第5話 トイレ・コール事変

 次の歌が始まってしまうと、八神部長は爆発する、急げ。

 一目散にトイレに入ろうとしたら、もう一人入ろうとするおじさんとぶつかった。

 思わず急いで入ろうとしたが、つい譲ってしまう。急がなければならないのに……。


「おっと、お先に。すまんね」


 おじさんはTシャツと短パン、そしてサンダル。家でくつろいでいたようなその服装が少しうらやましかった。


 その男性が用を足すのをただ待つ。

 この合間にも歌が始まってしまう、それまでに戻らねばならないのに……その時間が俺には永遠にも思えた。


「ありがとさん。あれ? 君は……」


 え? 今そんなのに付き合ってる暇ないんですけど、そんな俺の表情に気づいたのか、男性はニコッと笑ってから、去って行った。その笑顔がとても上品で、好感触だった。俺もこんな余裕を常に持った男でいたい……そう思ったが、今の俺には到底無理な事だ。

 いやいや、そんなことではない、急いで戻らねば。


 しかしトイレを終え、216に向かおうとしたその時、驚愕の光景が目に入って来た。

 早乙女がPHSを耳に当てながら、216号室を出て来たのだ。


「はい、美輪商事です……はい」


 その表情にあの不敵な笑みを浮かべながら。

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