第3話 人質は脱出方法を本気で考える

 一時間後、束の間の平穏が突如訪れた。


「ちょっと、鉄砲、鉄砲。テッポウ行ってくる」


 すっと八神部長が立ち上がった。身長は160cm程度だろうか、小柄で、丸顔にメガネ。機嫌が悪いと瞬間湯沸かし器的に怒鳴りつけることを知っている俺たちにはその丸顔が爆弾に見える。頭からぴょんと跳ねる髪はさながら導火線だろうか。


 そのままドアを抜けた八神部長。部長の言う鉄砲とは排尿のことだ。


 カラオケルームが、嘘のように静まり返った。

 みんな疲弊していた。

 山田が遠くを見つめたまま呟いた。


「今のうち……みんなで帰っちゃったりして」


 そんなブラックジョークにも苦笑いを少し浮かべるのがやっとだった。

 頭は痛く、精神もズタボロ。もうこの空間で息をすること自体が苦痛になっていた。

 時計を見た。まだ23時。朝の5時までは6時間ある。


「みんな、よく頑張っている。諦めるな、きっと何か打開策はある。それに……」


 里美ちゃんが俺の口元の方へすっと顔を上げた。


「それに、ひょっとしたら、テッポウから帰って来たら『今日はこれで終わりにしよう』って言うかもしれない」

「無いだろ、お前バカか」


 早乙女はソファにもたれかかりながら、冷たく言い放った。


「今までで八神カラオケが朝5時より早く終わったことはたったの一回だけ、それも超特例だ。そんな事くらいお前も知ってるだろう? それに時間だけならまだいい……」


 あのいつもクールな早乙女でさえ、顔が少し白い。苛立ちが目に見えた。


「それどころか下手すると歌を強要され、気に入らないと罵声を浴びせられる。最悪、島流しもありうる」


 その最後の言葉に里美ちゃんが立ち上がった。髪が乱れ、顔が恐怖に怯えている、明らかに平常心を保てていない。


「早乙女さん! それ、本当ですか? 島流しまで?」

「あぁ。八神部長は人事部と太いパイプがあるからな。今まで数人が飛ばされているよ」


 がっくりとうなだれる里美ちゃん、もう魂が抜かれている。


「わたし、そんなの嫌です。やっとここまで来たのに……」

「いや、まあ須田君が島流しされることはまず無いだろう。ただ……」

「ただ?」

「あまりにひどいことをやらかすと、面倒くさくなってここ全員島流しもあるかもな」

「おい、早乙女!」


 俺は気付いたら早乙女の胸ぐらを掴んでいた。


「変なこと言って、里美ちゃんを怖がらせるなよ。それより脱出方法を考えろ」


 早乙女は俺の腕を静かに払うと、乱れた胸元を整えた。


「脱出方法? あるよ、俺はね」


 え? みんな、素っ頓狂な声を上げた。

 山田が目を輝かせて食いついた。


「早乙女さん、何なんですか? その脱出方法って」


 早乙女はおもむろに胸元から一つのPHSを取り出した。


「お前、まさかそれ……」


 そのまま不敵な笑みを浮かべる。


「そう、俺は今日、コール当番なんだ」

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