第2話 レクイエムは優しく鼓膜を揺さぶる

 ルームナンバーは216、第一曲目は八神部長だった。


「あぁあぁあぁ、なぁなぁ、たぁたぁーの、もぇるてでっ!」


 愛の賛歌、越智吹雪。ちょうど俺が生まれた歳に亡くなったらしい、グーグル先生によると……いや、そんなことは今更どうでもいい。


「あぁあぁ、たぁたぁ、しぃしぃしぃ、をだきしめてっ!」


 まずビブラートの意味を間違えている、これじゃただの声の震え。例えるならジャイアンのボゲーに限りなく近い。

 そして限界、いや限界を超えた溜め。もうすでにオリジナルの音程は原型を留めていない。そして何故かただでさえ大音量のカラオケのマイクボリュームをさらに上げる。


 ここに証明する。

 ジャイアンのボゲーは実在する、以上。

 横を見ると、山田と里美ちゃんが腹に力を入れ、歯を食いしばっている。

 みんな鼓膜が破れないように必死なのだ。

 あの早乙女さえ、その180cmの長身の背筋をぴんとさせてはいるものの、顔は真剣マジだ。必死なのだろう、あいつだって人間だ。


「八神部長! さすがです! いいですよね、越智吹雪! 昭和の歌姫ですよね」


 歌が終わると、キーン、という耳鳴りが残った、腹の力を抜く。ふう、と息が漏れた。

 みんな心から拍手をしていた、目に涙を浮かべて。

 良かった、良かった、本当に良かった。歌が終わって本当に良かった。


「だろ? 私はね、ライブにも行ったことがあるんだよ」


 一同、そうなんですか、うんうん、と頷く。

 そして、ちらっとテレビ画面を見る。

 思わず俺の目が丸くなる。


——お……これは……。


 予約曲一覧が表示された。

 画面いっぱいに八神部長の予約曲が占めていた。

 ついに始まった。哀れな子ウサギに送られるレクイエム、恐怖のカラオケ・オブ・ザ・デッドはまだ始まったばかり。


 しかしこの後思いも寄らない展開が待っていようとは誰が想像できただろうか。

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