第3話 もう一組の兄妹

四月八日、今日は二年になって初の登校日。

うちの学校は入学式と始業式を一緒にやる、一言で言えば『変な学校』だ。

だから、新一年生の星華も今日から同じ学校に通う。



「星華、俺はそろそろ出るから戸締まりしっかりするんだぞ」



「待ってよお兄ちゃん!一緒に行こうよ!」



俺がローファーを履いていると、星華が後ろから制服の裾をちょこんと引っ張ってきた。

振り向いて顔を見ると、星華は子犬のような不安そうな顔をしていた。



「なあ、星華」



「どうしたの、お兄ちゃん?」



「普通の兄妹ってのは、学校が同じなら一緒に登校するものなのか?」



「え………お兄ちゃん、そんなの当たり前だよ?」



そうか、普通の兄妹はこの場合一緒に登校するのか。

本当の兄妹に近づくためには、一緒に登校した方が良いな。



「そうなのか、じゃあ……一緒に行くか」



「うん、ちょっと待っててね♪」






俺と星華の通う学校、私立海ノ原高校。都内でも屈指の学力を誇っている難関大学進学校だ。

一年前、俺は海ノ原高校に特待生として入学した。じいちゃんとばあちゃんに迷惑をかけないように頑張ってきた勉強が形として実った初めての経験だった。

そして、それを知って今年は星華も特待生として入学してきた。

俺たちが特待生として入学した理由は、勿論一番は学費が免除されるから。じいちゃんとばあちゃんは『学費のことなんて気にせず、行きたいところに行けば良い』と言ってくれたが、少しでも学費を浮かしたかった。

そして、一番ではないにしろ大きな理由がもう一つある。海ノ原高校では、特待生は卒業後に進学する大学の学費を全額負担してくれるという変わった制度があったからだ。しかも返済不要。

以上2つが、俺たちが特待生として入学した理由だ。



「お待たせ、行こっか♪」



少しして、ローファーを履き終えて玄関で待っていた俺のもとに星華がやってきた。

海ノ原高校の制服は、男子は赤茶色のブレザーにネクタイ、紺をベースにして赤茶色の点線のようなチェック柄が入ったズボン。女子は男子と同じ柄のブレザーにリボン、男子のズボンと同じ柄のスカートだ。



「お兄ちゃんと初登校♪」



「何か言ったか?」



「ううん、なんにも?」



海ノ原の制服に身を包んだ星華は、いつもよりも大人っぽく見える。

肩よりも少し長めのボブカットで、生まれつきの茶髪が制服の色とマッチしてとてもよく似合っている。華奢な体格も相まって守ってあげたくなるような印象を与えていた。



「今日は午前中で終わりだから帰りにお昼ご飯の材料を買って帰るか」



「そうだね、ついでに夜ご飯の材料もね」



今日の日程は一、二限目が入学式&始業式。三時限目にLHRをして終わりだ。

入学式&始業式は各教室に設置されているテレビを通して行われる。生徒にとってはとても有り難い方式だ。



「お兄ちゃん、帰りは教室まで迎えに行くから私が行くまで待っててよ?」



二人で歩いていると、不意に星華がそんなことを言う。



「………帰りも一緒なのか?」



「帰りも一緒なの♪」



一緒なのは行きだけじゃないのか。まあそこまではまだ分かる。

だが、なぜ俺の教室まで迎えに来る必要があるんだ?

妹が迎えに来るのは恥ずかしいんだが……。



「一緒に帰るのは良いけど、どこかで待ち合わせにすれば良いんじゃないか?」



「それだと意味が……じゃなくて、妹が迎えに行くのは普通なんだよ?」



「そ、そうなのか?……まあ、そういうことなら分かったよ」



そこまで言うと学校に着いた。

学年カラーの、俺は青色、星華は赤色の上履きに履き替えて階段を上り、二年のフロアである三階に着いた。



「じゃあ、終わったら迎えに行くね!」



星華はそう言って小さく手を振り、一年のフロアである一つ上の四階に上っていった。






「俺のクラスは………お、あった。五組か」

二年五組、出席番号は一番。

おっと、言い忘れていたが、俺たち兄妹の名字は『新戸』と書いて『あらと』だ。名字が星華と同じ理由については言わなくても分かるだろう。

それはさておき、このクラスには『あ』から始まる名字の人はいないみたいだ。



「おはよう、和真。二年も同じクラスだね」



「おう、おはよう蒼馬。そうみたいだな」



教室に入ってすぐに話しかけてきたのは、高校に入ってからできた友達、岩谷蒼馬いわたにそうまだ。

蒼馬とは一年の時に同じクラスになって、出席番号順で俺が一番、蒼馬が二番だったことから話すようになり、お互い人見知りをしない性格だったからかすぐに打ち解けることができた。

蒼馬は誰に対しても優しく、少し……いや、かなり世話焼きな一面がある。男子にしては少し長めのサラサラとした銀髪で、さらに美少年ときた。

ここだけの話、本人は気づいていないみたいだが、海ノ原高校の女子の間では人気が高く、あまりにモテすぎるため女子間で告白を阻止し合っているらしい。



「また出席番号は一番と二番だよ。一年生の時に同じクラスだったのは和真だけみたいだから席が近くて良かった」



そう言って蒼馬は照れ臭そうに笑みを浮かべる。

男子の俺でも気を抜けば惚れてしまいそうだ。

守りたい……この笑顔。



「和真、どうかした?」



「確かに危なかったが惚れてないぞ」



「惚れるって?」



「いや、なんでもない。気にしないでくれ」



「ふ〜ん、へんな和真〜」



危ない危ない。ついぼうっとして思ったことをそのまま口に出してしまった。

岩谷蒼馬、恐るべし………。






入学式&始業式、LHRと、春休み気分の抜け切らない頭でなんとか聞き流して、やっと迎えた終礼。

LHRで言いたいことを言い切ってしまった担任は、『いつまでも春休み気分を引きづって痛い目を見ないように』とだけ言って短くしめた。



「星華が来るまでまだ少し時間がありそうだな」



終礼が早く終わったのは良いが、かえって暇になってしまった。



「和真、帰らないの?」



「あぁ、今日から妹が一年に入ってきて、帰りは教室で、待ってろって言われてるんだ」



「え、和真も妹さんいたんだ。奇遇だね、僕の妹も今年一年生なんだ〜」



そうなのか、蒼馬にも同い年の妹が。

そういえば、一年間話してきて家族のこととか話題に上がったことなかったな。



「へ〜、蒼馬の妹は何組なんだ?」



「八組って言ってたよ。和真の妹さんは?」



「うちも確か八組だ」



「じゃあ、兄妹揃って同じクラスだ!ここまでくると……運命、かな?」



蒼馬と運命……一瞬良いなと思ってしまったが、こいつ男子なんだよな。

くそ、蒼馬が女子なら良かったのに……いや、いっそ俺が女子に……は、無理か。



「お兄ちゃん、お待たせ♪」



兄がそんな奇妙なことを考えているとは露知らず、星華は俺を見つけると迷わず声をかけてきた。



「和真の妹さん?」



星華が俺のもとに来ると、蒼馬が後ろから星華に話しかける。



「そうですが、もしかして岩谷瑠依花いわたにるいかちゃんのお兄さんですか?」



「うん、瑠依花の兄の蒼馬です。和真とは一年の時から友達なんだ。宜しくね」



「そうなんですか!お兄ちゃんと仲良くしていただいて有難うございます!至らない点は多々あると思いますが、これからも是非仲良くしてやってください!」



「あはは、そんなことないよ。和真は優しいし頼りになるし、僕の方が仲良くしてもらってる感じで━━━━」



うーん、これはあれだな………仲間外れだ。

まぁ話の腰を折るのも悪いし、俺はあっちの子に話しかけた方が良いよな。

そう思い、俺は教室の扉付近からひょこっと顔を覗かせている女の子に声をかける。



「岩谷瑠依花ちゃん?」



「は、はい!瑠依花です!」



岩谷瑠花ちゃん。外見は、なんというか……蒼馬をそのまま女の子にしたような感じ。

銀髪ロングのツインテールでアホ毛が特徴的。教室の扉付近でじっと覗いてたところなどから健気さが感じられ、まさに男子の理想の妹像を具現化したようだ。

俺が話しかけると瑠依花ちゃんはビクッとして両手で持っていたスクールバッグを落としてしまった。

俺はそれを拾って瑠依花ちゃんに手渡す。



「あ、有難うございます」



「ううん、こっちこそ急に声かけちゃってごめんね」



いつも蒼馬に話しかけるノリで瑠依花ちゃんにも話しかけちゃったけど、これはまずったな。



「いえ、全然大丈夫です!あの……、蒼馬くんのお友達さんですか?」



「うん、星華の兄の和真だ。宜しく」



「あ〜、星華ちゃんのお兄様でしたか!こちらこそ宜しくお願いします!」



そんな感じで、俺と蒼馬はお互い逆の妹と顔合わせをした。






「ねえ和真、僕たちはこれから外食してから帰るんだけど、和真たちも一緒にどうかな」



一通り自己紹介が終わり、四人で教室を出て階段を降りていると蒼馬がそう切り出した。



「うーん……この前外食しちまったから、なるべく食費を節約したいんだが……。そうだ、良かったら俺たちの家に来ないか?」



ワンランク家賃の高い所に引越し先をかえた分、後のことを考えると他のところで節約することはもはや必須。四人分なら外で食べるよりかなり安く済むはずだ。



「僕たちは全然構わないけど、本当にお邪魔しちゃって良いの?」



「是非来てください!私も瑠依花ちゃんたちと一緒に食べたいです♪」



これには星華が力強く答えた。

星華と瑠依花ちゃんはまだあって間もない。話したいこともいっぱいあるだろう。うん、我ながら良い提案だったと思う。



「じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかな♪瑠依花も大丈夫?」



「はい、私も是非行きたいです♪」



こうして俺たちは四人で新戸家のマンションでお昼ご飯を食べることになった。

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