第2話 本当の兄妹
「荷物は全部ダンボールから出し終わったし、あとはこのダンボールの山を片付けるだけだな」
春休みに入って十日ほど経った頃、俺と星華は朝からマンションの部屋の整理をしていた。
昨日のうちに宅急便業者の人に荷物を運んでもらい、今日からこのマンションで暮らし始める。
「お兄ちゃん、私も部屋の整理終わったよ〜」
「そうか、じゃあ使い終わったダンボール持ってきてくれ」
「分かった〜」
今日から星華と兄妹二人暮らし。
流石に妹と部屋が同じって訳にもいかないから、最初に考えていた場所をやめて、部屋が二つあるマンションにした。勿論、リビングは自部屋とは別にある。
補足だが、風呂トイレ別、安全面も考えてセキュリティの高いオートロックのマンションを選んだ。
先に考えていた物件よりは学校から少し距離が遠くなったが、バスや電車などの交通機関を利用するほどのものではない。
予想していた額より値は張ったが、高一のときに貯めに貯めたバイト代やお年玉からすればギリギリ大丈夫な範囲だ。
光熱費や食費はじいちゃんとばあちゃんが出してくれる。
それだけ聞くと、星華は一円も出さないのか!と思うかもしれないが、星華には別の役割がある。
何しろ俺は家事が苦手だ。洗濯や掃除、簡単なご飯ぐらいは作れるが、星華は家事が得意だ。
全く自慢にならないが、俺は一月分の食費を半月経たずに使ってしまう自身がある。
その点、星華は食費を節約、かつ、健康的なご飯を作ることができる。
俺が家賃を払い、星華が家事をする。
これが今後の大まかな役割分担だ。
「ダンボール持ってきたよ、これで全部」
家具や食器などはこれから買いに行くため、持ってきた荷物は衣服や私物ぐらい。ダンボールはそこまで多くない。
片付けるのにそう時間は掛からなかった。
ダンボールの片付けが終わり、時刻は昼の十二時。
朝九時から部屋の整理を始めて三時間。ちょうどお腹が空いてくる頃だ。
「星華、お昼ご飯どうする?ファミレスでも行くか?」
「ううん、私が作るよ。食費も節約できるし」
「でもまだ食器も料理道具も買ってないぞ?」
「あ、そっか!じゃあお昼は外で食べて、それから日用品を買いに行って、私が作るのは夜からだね」
「そうだな。じゃあ外に出る準備ができたら言ってくれ」
「うん、分かった!準備してくるね♪」
星華のやつ、ご機嫌だな。
「ふふんっ、お食事デート♪」
「ん?星華、何か言ったか?」
「なんにも〜♪」
十二時を少し過ぎた頃、俺と星華はお昼ご飯を食べにファミレスへ来た。
「お兄ちゃん、ファミレスに一緒に来たのって初めてだね♪」
テーブル席に案内されてから少しして、呼び出しボタンを押しながら星華が嬉しそうに言った。
「あぁ、そういえばそうだっけか」
言われてみれば、ばあちゃんとじいちゃんと四人で暮らしてたときは、ファミレスなんて友達付き合いぐらいでしか行ったことはなかった。
ファミリーレストランなんて言うんだから、当然ファミレスには家族客が多い。俺は母親が、星華は両親ともいないから、きっとばあちゃんたちは俺たちが家族客を見て悲しい気持ちになってしまわないか気にしていたんだろう。
「お客様、ご注文はお決まりですか?」
「あ、はい♪えっと、『二十種のチーズのミートドリア』と…お兄ちゃんは?」
「『和風ハンバーグステーキの洋風仕立て』でお願いします」
「ご注文は以上ですか?」
「はい」
「かしこまりました」
な、なんだよ『和風ハンバーグステーキの洋風仕立て』って!気になって、つい頼んじゃったじゃないか!
「お兄ちゃん!お兄ちゃんが頼んだハンバーグステーキ、和風かなぁ、洋風かなぁ♪」
星華も気になってたか!
というか、星華が頼んだミートドリアも二十種類ものチーズが使われてるみたいだけど、それが気にならないぐらいハンバーグステーキのインパクトが強い!
「どうだろうなぁ〜、洋風仕立てってことは、やっぱり洋風なんじゃないか?いや、でも和風ハンバーグステーキだよなぁ……」
俺達が頼んだもの以外にも、『園児にはまだ早いお子様ランチ』や『食後に食べたい大盛りカルボナーラ』など、この店のネーミングセンスは客を惑わせるものばかりだ。『たらこスパゲッティとお隣さん家の日替わりサラダ』に関しては、もはや意味が分からない。隣の家の食べ残したサラダでも出てくるのかな。
「お待たせしました、『二十種のチーズのミートドリア』と『和風ハンバーグステーキの洋風仕立て』です」
そうこうしているうちに注文した料理が運ばれてきた。
気になるハンバーグステーキだが、見た目は完全に和風だ。大葉に……大根おろしも乗っちゃってるし…。
「見た目は普通に和風だね」
「そうだな……となると、味が洋風なのか?」
そう言ってひとくち食べてみるが、
「味も和風だ……」
「ありゃりゃ?」
いや、本当にありゃりゃって感じだよ……。どのあたりが洋風なんだろう……。
「すみませ〜ん、店員さんちょっと良いですか?」
俺が必死に考えていると、星華が店員を呼んでどのあたりが洋風なのかを聞いていた。
「あ、そちらの料理は『和風ハンバーグステーキの洋風仕立て』というものですが、ある部分を省略しているんです」
「というと?」
すると、店員さんがテーブルの上に一つの果物を置いた。
………洋梨?
「………あ、分かった!」
洋梨をじーっと見つめて考えていた星華が何かに気づいたようだ。
少し遅れてようやく俺もそれに気づいた。
「省略されているのは、『洋風仕立て』のところです。本当は『洋梨風味仕立て』なんです」
正解に気づいた俺と星華に店員さんが教えてくれた。
………って、紛らわしい略し方だな!!
まあ、味は美味しいから良いけど。
「ねーねーお兄ちゃん、私もひとくち食べてみたい♪」
「………え…………………?」
「兄妹なら普通……だ、よ、ね♪」
そうか、兄妹なら普通か。
「よし、分かった」
「ふふんっ、じゃあお兄ちゃんっ、食べさせてね♪」
…………………それは、違くない?
兄妹なら一つのものをシェアするのは何となくあると思う。鍋とか直箸で食べるって聞くし。
でも兄貴妹に食べさせてあげるなんて聞いたことないぞ。
星華の情報が間違ってるんじゃ………。
「お兄ちゃん、どうかしたの?」
いや星華さん、どうかしない人の方がどうかしてると思うんですが!?具体的に言うと星華さんがどうかしてると思うんですが!?
「せ、星華さん……流石に自分で食べますよね?」
「どうして?」
「あ〜んていうのは兄妹でやるものではないと兄は思うのでせうよ……」
混乱しすぎてつい古典的な話し方に……!
「でもほら、あの人たちも兄妹みたいだけど、普通に『はい、あ〜ん♪』ってやってるでせうよ?」
なぜ星華まで喋り方が!?
でも、あはは、『あ〜ん』なんて、それは流石にないよ………ってマジか!?
『どうだ涼花、美味しいか?』
『うん、美味しい♪』
『そうか、良かった』
『にぃも私の食べる?』
『くれるのか?じゃあせっかくだから貰おうかな』
『はい、あ〜ん』
『うん、こっちも美味しいなぁ』
俺たちの視線の先には、俺たちと同じぐらいの年の兄妹がいた。
………その、なんて言うか………兄妹には見えないな。完全にカップルだ。
「お兄ちゃん、さぁ、あ〜ん」
星華は餌を待つひな鳥のように口を開けて催促してくる。
まぁ、本当の兄妹もあんな感じなのだということが分かったのだから、ここはやるしかないだろう。
「分かったよ……ほら、あ〜ん」
「………ん〜、美味しい♪」
「そうか、良かった」
「あ、そうだ、お兄ちゃんも…」
「あ、それは遠慮しとく」
「まだ言ってないのに!?」
一緒に暮らす以上、俺は妹を妹として見続けなくてはいけない。そんな時に、『あ〜ん』だの『い〜ん』だのやっていては俺の理性が持たなくなってしまう……いや、『い〜ん』てなんだよ。
あんなことを普通にやってのけるなんて、本当の兄妹って凄いんだな。
俺はまだ恥じらいが勝ってしまっているけど、そもそも妹に恥じらいを持つ兄がどこにいるって感じではあるけど、本当の兄妹に近づけるように頑張るから、星華にはもう少し待ってほしい。
………ん?そういえば、星華は『兄妹なら普通……だ、よ、ね♪』と言っていたが、いつの間に本当の兄妹の行動をリサーチしてたんだ?
まぁ、良いか……。
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