第4話 ミッシングリンクの発見
* *
沢松はドアをノックし、了解を得て部屋に入った。五連続殺人の捜査を統括・指揮する上司の
「次の捜査会議を待てないというからには、よほどの大発見なんだ?」
立派な髭を蓄え、いかめしい面構えの倉田だが、その声は気安い調子だった。
「はい。私はそう判断しました。被害者五人に共通する事柄が見付かったのです」
「面白い。聞こう」
デスクを離れ、応接用のソファに移った倉田。沢松は促され、テーブルを挟んだその対面のソファに腰を落ち着けた。
「最初の
「その小学校の名は?」
沢松が地元の校名を答えると、倉田は首を捻った。
「うーん、弱くないか。そこって有数のマンモス校だろう。今から七、八年前ともなると、児童数はもっと多かったろう。この程度の共通点なら、中学でも言えるんじゃないかな」
「言葉足らずでした。四人は同じクラスだったんです。五、六年と四組だった」
「ふむ、分かった。残る二番目は? 一人だけ年齢が違うが、教師ではなかったし」
「教育実習に来たことが分かっています。何組を受け持ったかは不明ですが、年度はぴたりと重なります」
二番目の被害者、
「当時のことを聞きに、小学校に出向きたいのですが」
「慎重にやってくれるのならかまわない。うるさい野郎どもがまた出るかもしれんが、うまく言っておく。遠慮なく、手柄を立ててくれ」
「ありがとうございます」
部屋を出たところで、沢松は小さくガッツポーズをした。男性刑事諸先輩方には、色々と気を遣わされて疲れる。比較的話の分かる倉田が上にいる間は、物事はどうにかうまく回りそうだ。
小学校に足を運び、入ってすぐの窓口で用件を伝える。程なくして、中年女性が飛んできた。
当時を知るベテランの一教師かと思ったら、校長だという。
「校長が出て来てくれるのはありがたいのですが、お時間は問題ないですか。結構長引くかもしれませんので」
初っ端に確認をしておく。すると校長はやや青ざめた顔で首を縦に、強く振った。
「大丈夫です。実は、殺人事件の報道を見て、警察の方が来られることは薄々予感しておりました」
「え、つまり、被害に遭ったのがこちらの卒業生らだと気付いていらした?」
「はあ。まさかとは思いつつも、ニュースで新しく事件が起きたと知る度に息苦しくなる思いでした。それに……八、九年前の当時は、私は校長ではありませんでしたが、何と言いますか問題を処理する係を押し付けられていたもので」
「どういう意味です?」
詳しく聞くため、校長室へ移った。順序が逆になったが、簡単に自己紹介をし、事情聴取に入る。
「井畑君達が五年四組だったときのことです。同じクラスに
校長の話しぶりから、沢松には早々に予測ができた。もちろん、話は最後まで聞く。
「星野剛さんが教育実習に来られたのは、秋口でした。企業の内定がすでに出ていたのか、ほんと、卒業のためだけに来たという感じがありありと窺えましたが、実習はちゃんとこなしていました。ただ、情熱というのか、そういった部分でやはり少し足りなかったと思います。一部児童への接し方に若干問題があったようでして……具体的には、以手井君への一言が、あとあと波紋を広げたみたいなんです」
「奥歯に物が挟まったような言い様ですね。どうか率直に願います。必要でない限り、表には決して出しませんから」
沢松が請け負っても、校長が喋り出すのに少し間を要した。
「……星野さんは以手井君に、『変な名前だね。いてー、いてーって泣き叫んでるみたいだ』という風なことを言ったらしいんです。『変な名前』ではなく、『変わった名前』かもしれませんが、いずれにせよ児童が傷付いたことは充分に考えられます。
星野さんが実習を終えて去ってからも、他の児童達が言うようになりました。『以手井、いてーって言ってみろよ』とか何とか。最初の内は、子供の間でありがちな、軽めの悪ふざけで、一過性のものだと捉えていたのですが、いっこうに収まらなかったので、一度、担任がクラス全員に対して注意を喚起しました。それで収まったと思ったのがまずかった。先生の見ていないところで、からかいは続いていた。それどころか、はっきりとしたいじめになっていたようでした。いてーって言わないのならこうしてやると、殴ったり蹴ったりしたとか」
沢松の隣に座る、若い部下が「ひどい」と小声で言った。
以手井漣は我慢強かったのか、親達家族に心配を掛けまいとしたのか、ぎりぎりまで黙って耐えた。耐えに耐えて、あるとき突然、耐えきれなくなった。
「学校の裏山に入って、そこの木で首をくくって……」
校長は苦しそうに答えた。
「遺書はありましたか」
「なかったと聞いています。警察の方も一応、調べられていきましたけど、犯罪性はないということで、自殺の理由や背景については、結論めいたものは出ませんでした」
「学校や教育委員会で、調査しようという話にはならなかったと」
「その、言いにくいのですが、形だけ行われて曖昧に。と言いますのも、井畑君のご家族はある電機メーカーの経営者で、一帯に大きな雇用を生んでいらしたのと、西口さんのご親戚によその地方ではありますが市議の方がいて、その方面から……」
圧力が掛かったと言いたいであろうところを、語尾を濁す校長。
「以手井君の家族の方は、何も声を上げなかったのでしょうか」
「ご遺族はご両親のみ、先程言いました電機メーカーの下請けをされていて……」
部下がまた「ひどいな」と呟いた。
沢松も同感だった。以手井漣の身内なら、当時のいじめっ子やきっかけを作った教育実習生に復讐することを考えても、不思議じゃない。
「確認ですが、星野剛を除く殺人事件被害者達は、以手井君を率先していじめていたのですね?」
「クラスを対象に行ったアンケートではそのような声が多かったとだけ」
「そのアンケートの集計結果は、遺族に?」
沢松の問いに、校長はぶるぶると頭を横に振った。
「実名が分かる形では見せておりません。だから、以手井さん家族が知るはずがないです。それに、ご両親はすでにお亡くなりになっています」
「そうだったんですか」
「交通事故でした。お子さんを亡くしてから三年は経っていましたから、後追いではないと思うんですが。部品工場の資金繰りが苦しくなっていて、だいぶ無理をして駆けずり回っておられたため、過労が原因じゃないかと聞いています」
「校長先生は、随分と気に掛けておられたんですね」
「え?」
「以手井君が亡くなる前に、それだけ気に掛けていたら、結果は違っていたかもしれません。あ、ごめんなさい。嫌味じゃないんです。お話を聞いただけでも、本当に悔しくなってきて」
涙ぐんだような仕種をしてみせる沢松。実際には、このぐらいで涙ぐむたまではない。無論、感情は揺さぶられているが、それを表に出しはしないという意味だ。
「他に以手井君と親しかった人、児童でも先生でもかまいませんが、どなたかいらっしゃいませんか」
「いえ。そこまでは分かりかねます」
「それでは……最近になって、当時の同級生がこちらの学校を訪ねて来た、なんてことはありませんでしたか」
「……一年ほど前でしたら、いましたが、特に何もありませんでしたよ。ただまあ、当時の思い出として以手井君のことを避ける訳に行きませんから、話しましたが」
沢松は、その人物の名前と話の内容を、念のため聞き出しておいた。
「最後に一つだけ。SNSという言葉に心当たりはないでしょうか」
「えすえぬえす?」
「はい、これです」
壁のメッセージの写真を見せる。校長は首を捻った。
「さあ……何も思い浮かびません」
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