第3話 SNSのはしり

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 大原和己おおはらかずみは、混雑を始めた昼の学食で、目当ての女子学生を探した。

 普通ならテーブルの間を縫うようにして一人一人見ていくことになりそうなものだが、大原は違った。彼が探す相手は衣服に関して二大特徴があった。上の服が大抵薄桃色をしていることと、季節を問わずに長袖を着ていること。

 これを頭に入れて探すと――。

「おおい、野庭のばさん」

 かなりの短時間で見付けることができた。

 学生食堂の左手奥、全面ガラス張りの壁を背に、四人掛けの席の一角を野庭は占めていた。残る三つの席の内の二つは、二人組の女子が座り、AランチとBランチを仲よく食べている。最後の一席は野庭が鞄を置いて確保してくれていた。

「大原君、ここで食べないの?」

「パンと飲み物なら持ってきた」

 指先に引っ掛けた小振りの買い物袋からそれらを取り出すと、大原は食べ始める前に、伝えるべきことを伝えておく。

「そうそう。電話回線を使いたいって話だけど」

「うんうん」

 野庭衣恋いこいは、ミックスフライ定食を食べる箸を止め、聞く姿勢になった。

「学生課で聞いたら、やっぱりだめだってさ」

「えー、何で?」

「何でと言われても」

 大原はパンの袋を盛大に音を立てて開けた。ツナマヨパンの端っこを一口かじり、もぐもぐやりながら話を続ける。

「受け入れ態勢が整ってないってことらしい」

「こっちは使用した分、お金を払うと言ってるのに。基本料金は別だけど」

「想像するに、他の部が追随するのを警戒したんじゃないかな。どこもかしこも回線につないでパソコン通信を始めたら、混雑で重くなるよ。学校の業務に悪影響が出かねない」

「理屈ではそうだろうけど、現実にはそんなにいないよ、パソコン通信をやろうって部は。我が文芸部以外ならせいぜい、コンピュータ研究会ぐらい」

「他の部やサークルは普通に電話で使おうとするかも。いちいち公衆電話のあるところまで走って行くよりかは、部室から電話できたら便利だ。それが常態化すると、やはり回線の負担になり得る」

「うーん……そっかぁ。仕方がない」

 付け合わせの漬物を箸先でつまんだ野庭は、ご飯茶碗の内側を掃除するかのごとく、残りの飯粒を集めていく。

「残念だけど、今学期はあきらめよっと。また来学期に」

「ちょ、ちょっと。来学期? 来年度じゃなく?」

「もち。本当なら、来月って言いたいところを我慢したのよ」

「……認められる可能性、ほぼゼロと思うけど」

「継続は力なり。買わない宝くじは当たらない」

 くじけない野庭を前に、大原はうなだれて、ため息を吐き出した。

「なあ、何でそんなにやりたがるの。パソコン通信」

「時代の先端ぽいじゃない。世界の壁を取り払って、誰とでもつながれるようになる。そんな気がするだけでもうわくわくする」

「誰とでもって言ったって、パソコン通信をやってる人に限られる訳だけどね。文字だけのやり取りだと、伝えきれないことが多いだろうし」

「そこは反対だなあ。そうでもないと思うよ、私は」

 箸をおいた野庭は、ごちそうさまをした。学食内は依然として混雑が続きそうなので、席を明け渡すことにした。もちろん大原は食べ終わっていないが、惣菜パンと飲み物なので、簡単に移動できる。

 食器類を返却し、出口専用の扉を出て、しばらく歩くと、屋外のちょっとしたイベント用のスペースがある。小さな小さな円形劇場で、普段は学生達の休憩場所になっていた。

「さて、話の続きだけど」

 白いセメント?の階段の一角に腰掛た野庭と大原。

「文字だけのやり取りの方が、相手にきちんと伝えようという意識が強くなる気がする。実際、パソコン通信をやるようになってからの方が、小説の文章うまくなったって誉められたわ」

「そういう効果は確かにあるかもな」

「逆に、面と向かって話してるからって手を抜くこと、結構あると思う。同じ景色を見ていて、一人は空の青さを話題にしているのに、もう一人は海の青さを語っているなんてね。そういった思い込みで、自分が無視されたと感じて勝手に切れる人が、これまでの人生で、何と多かったことか」

「たかだか二十年の人生で、そこまで言うかね」

「実際に多かったんだから」

「もしかして、その中に僕も入っているとか?」

 不安に駆られ、食事の手を止めて尋ねる大原。彼から見つめられた野場は、首を左右に振った。

「ううん。ないよ。大原君は誠実だよね。ただ」

 安心しかけたところへの「ただ」にぎょっとする。顔色が変わったのが分かったのが、野庭は話を中断して、ケラケラと笑い声を立てた。

「そんなに焦んなくても」

「いや、君の言い方が問題ありなんだ。早く続きを言え、気になるっ」

「ただ、いつだったか、約束の時間に遅れることが確実になったとき、先輩に電話連絡を入れたことあったでしょ。あのとき、電話なのにぺこぺこ頭を下げてるのを見て、大丈夫かなと思っちゃった」

「あれは……気持ちの表れだ」

 思い出して恥ずかしくなる。大原は顔を逸らして食事を終わらせに掛かった。

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