万化の守護者

挫折感

第1話 その時

「おい、カノン!起きろよ!」


「……ん」




聞き慣れた声で目を覚ました。


肩にかかるくらいの長さの金髪で、青い目……見慣れた顔。


俺の兄、レイン=アークだ。




「早寝早起きは大切だぞ、カノン。そんなんだから身長が伸びないんだ」


「これから伸びるよ……身長もそう言ってる」




適当にあしらって、布団から出る。


改めてレインを見ると、俺たちは本当に兄弟なのだろうかと疑ってしまう。


俺は黒髪だし、目も黒いし、身長も低い……何だか正反対だ。




「何ボーッとしてんだよ、水汲み。行くぞ」


「あ、ああ……」


「シャキッとしろよ……そんなんだと俺のようにモテな……うわあああああああああ!!!」


「え!? 何だよ!?」




レインが指を指した方向を見ると、小さい蜘蛛が壁をよじ登っているのが分かった。




「ただの蜘蛛じゃん……めっちゃ小さいし」


「いや、俺は苦手なんだよ、虫」


「男が虫で叫ぶなよ……そんなんだとモテないぞ」




少し呆れながら蜘蛛を掴み、外に放り投げる。




「こんな家だからな……いつか引っ越したいな……」




レインがため息混じりに呟いた。


俺も同意見だ。


街のはずれにあるこの家は、今にも崩れそうなほどボロい。


この家は建築が趣味だった父が作ったものだが、その父は一年ほど前に死んでしまったし、母は物心がついたころからいない。


要するに、俺たちは孤独で、金も余裕もない。


だけど、俺はこの生活が不思議と嫌いじゃなかった。


……それは、俺の兄が本当に心強かったからだ。




◆◆◆◆◆




家を出て少し歩くと、住宅や店が所狭しと並んでいる通りに出る。


そこに着くと、巨大な噴水が目印の広場が見えてくる。




「よっしゃ、水汲むぞ」


「ああ」




広場の端には誰でも利用することができる井戸があるので、そこから水を汲む。




「よいしょ」




レインが慣れた手つきで水を汲み始める。


俺は容器から水が溢れないように支えるだけなので、かなり暇な時間である。


俺は容器を持ったまま広場を眺めていると、レインは俺の方ををずっと見つめていた。




「何だよ」


「なあ……カノン。もしその時が来たら……お前に全てを託すから……それまでは……」


「?」


「いや、何でもない」


「……」




何か言おうとしていたのは分かったが、特に追及はしなかった。




◆◆◆◆◆




こう決まりきった生活を毎日繰り返していると、嫌いにはならないがさすがに飽き飽きとしてくる。


何か変わって欲しいてはなんとなく思ってはいるが、何かを変える勇気もない。


眠れなくなり、こうして深夜に考え事をするのもいつものことだ。


こんな時は、一冊の本を取り出す。




「『エレウェンダの書』……」




この世界のあらゆることが書かれている『エレウェンダの書』。


この本が、俺にたくさんのことを教えてくれた。


その中でも、『化族』についてのことは何度も見直している。


──『化族』とは、人体を様々なものに変化させることのできる民族である。だが、現在はその存在は確認されていない。


この文を読んだとき、俺は化族に対して抑えきれないほどの好奇心を覚え、凄まじい知識欲に駆られた。


だが、どこを調べても化族についての情報を入手できることはなかった。


まるで、何かに隠されているみたいに。




「……もう12時か」




手元の時計の針は深夜の11時59分を指していた。


考えすぎるのも良くないな。


レインは一日中働いているためか、大きないびきをかいて寝ている。


俺がこうやって生きていけるのは、レインのおかげだ。


もし、レインがいなくなったら……




その時だった。


ドォォォン!と聞いたことのないほどの激しい爆発音が家に響いた。




「うお、何だ!?」




レインは飛び上がって、辺りを見渡している。




「……分からない。外で何かが……」




一体何があったんだ……?


急いで家を出ると、空に奇妙なものが見えた。


巨大な鳥……?


いや、何だ、あれは?


火を纏っているのか?




そして、次の瞬間だった。


その化物が耳鳴りのするような叫び声を上げると……広場の方へまるで流星群のような……炎を纏った岩が落ちていくのが見えた。




「何!?」




遠くだからよく分からないが、人の叫び声のようなものもかすかに聞こえてくる。


すると、レインもこちらの方へ青い顔を浮かべながら駆けよって来た。




「カノン、これは……」


「あれ……空に……」




上手く言葉にすることができなかった。


レインは上空を見上げた。


その化物の姿を確認すると、唖然としたような表情を浮かべた後、小さくため息を吐き、下を向いた。




「何で……ここまで……」




レインは震える声でそう言った。


俺は……どうすれば良いんだ。

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