3.パソコンが誘う異世界旅
ピッピ、ピポピポピポー、ピッピピーポ、ピピピピンポーン(竜をクエストする国民的RPGの主題歌風)
「ほんと、それどうやってるんですか?」
扉の前には、一瀬さん。いつも通りのパンツスタイルだが、上は少々ラフなTシャツ姿だ。まあ、いつも通りにTシャツを盛り上げるソレが非常に眼福──、目のやり場に困る。
「パソコンがなんかおかしくなっちゃって……。加無木さんなら何かわかるかと思ってー……」
俺、パソコンメーカーのサポセンでもないし、"なんか"って言われてもなぁ。
(※ サポセンでも"なんか"では分かりません)
「ちょっと見てみないことには……」
「見に来てくれるんですかー?」
一瀬さんは胸の前で手を合わせ、笑顔で言う。
「え!? 見に行っていいいいいいいいいいいんですか!?」
部屋に上がり込んでいいいいいいいいいいいんですか!?
「? いいいいいいいいいいいんですよー?」
一瀬さんはにっこりと笑う。やばい、天使だ。
一瀬さんの後に付いて行き、隣の部屋へ向かう。後ろを歩いた瞬間にふわりと女子の匂いがした。自分でも変態的とは感じつつも、大きく息を吸い込む……、うん……、いい。
いかん、ここでかすかに香る匂いで感動しているようでは、部屋に上がったら正気が保てなくなる! ここは理性を強く持て。そう、賢者だ。俺は賢者になる。
「どうぞー」
入口の扉をくぐった瞬間、そこは別世界だった。ああ、空気が違う。同じ建物の中にあるはずなのに、ここは異世界か!? さきほど潜ったのは転移門とかだったんじゃないか!?
中から漂う濃厚な女子の香りに、俺の理性は早くも危機的状況を知らせる。幸せの青い鳥は隣の部屋に居たんや……。落ち着け。まずは深呼吸でもしてオティトゥクンダ。
すーはーすーはー
「……。」
すーはーすーはー
うん……、いい。
「? パソコンはベッドの横にあるのでー」
一瀬さんは俺の奇行も笑顔で受け流す。
室内の構造は俺の部屋と変わらないワンルーム。確かにベッドの横にはサイドチェストのような小さな引き出し箪笥があり、その上にノートパソコンが置かれている。というか、ベッド! あそこでは毎晩一瀬さんがあんな姿やこんな姿で……。
飛び込みたい。飛び込んで存分に深呼吸したい。できるならそのまま寝たい。
「えっと、とりあえず、確認してみますね」
俺は理性を総動員し、極力ベッドを見ないようにし、パソコンの前に正座で座る。
既に起動しているパソコンのタスクなどを確認する。文字だ。文字をひたすら追うんだ。パソコン以外に気を取られるな。
「あー、なんか変なアプリがたくさん動いてます……。ハードディスクも変なアプリのせいでいっぱいになりかけてますね」
入っているアプリの名前で検索してみると、どうやらネットで変なリンクを踏んだ場合に入る物のようだ。
「たぶん、ネットを見ているときに、変なリンクをクリックしたのが原因みたいです」
「あら、そうなのー? クリックしなさいって書いてあったから、いつも押しちゃってたわ。だめだったのね……」
一瀬さんが俺の後ろに正座で座り、俺の肩越しにパソコンを覗き込みながら言う。というか、あ、当たってます。背中に温かく、そして適度な弾力と重みのある物体が当たってます。
「こ、これとか、これも、そうです……」
「そうなんだー。これどうしたらいいかしら……」
俺の説明に、背後の一瀬さんが相槌を打つ。相槌を打つたびに体がかすかに上下にゆれ、俺の背中に当たるソレもぷよぷよと……。
「お、俺、消しときますから、あ、あと、ごみファイルとか、掃除しときますから!!」
「まぁ、そうしてくれるの? ありがとぉ、たすかるわ。加無木さん頼りになるのね」
一瀬さんは俺の肩に軽く手を置く、さきほどまでのぷよぷよは無くなったが、ハンドタッチもそれはそれでいいものだ……。
「あ、えっと、作業しときますから、お構いなく!!」
これ以上は俺の精神が限界だ。もうライフはほぼゼロよ!!
「そうだ、ごめんなさいね、やっていただいてるのにお茶も出さずに。今持ってくるわね。コーヒーでいいかしら?」
「あ、はい! 大丈夫です!」
一瀬さんは笑顔でキッチンへと向かった。
俺はとりあえず無心でタスクの余分なアプリを停止させていく。ふと、ここで悪い考えが頭をよぎる。一瀬さんはまだキッチンだ。今なら、多少中を見てもバレないはず!! ああ、他人のプライバシーとはなんと甘美なものか。それがあれほどの美女となれば……。
俺は犯罪ギリギリアウトな思考をしつつ、ドキュメントフォルダなどを開いてみる。
「……。」
特に何もない。あまりファイルなどは保存しない質なのだろうか。デスクトップにも最低限のアイコンしかない。少々がっかりしつつ、念のためとネット閲覧履歴を見たとき、俺はそれを見つけてしまった。
(なん……だと!?)
紛うことなき、それは"大人向け玩具"。その通販サイトの閲覧履歴だ。まさか、毎夜このベッドの上で繰り広げられているのは、あんな道具でアレなことや、コレなことを……。
「コーヒーの砂糖とミルクは必要かしらー?」
瞬間、俺はFPSゲームのエイミングもかくやという速度で閲覧履歴画面を閉じる。
「あ、ミルクだけ、お願いします」
俺は紳士的に答えた。先ほどの秘密を見たことで、俺の中での何かが変わったらしい。うん、今夜の肴はこれだな。
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