4.皿に宿る小宇宙
「もう、そろそろ終わります。これで再起動したらかなりマシになると思いますよ」
数々の誘惑を振り切り、数多の罠や困難を乗り越えた俺は、ついにパソコンの整理を終えた。
「たすかったわぁ。何かお礼を……」
それじゃ、大人向け玩具でのセルフトレーニングを閲覧……、と言いかけたが、さすがにそこは自重した。
「そうだ! もう結構なお時間だし、お夕食召し上がっていって!」
一瀬さんはいつもの癖である両手を胸の前で合わせる仕草と共に、体を少し跳ねさせる。その振動でソレもぽよんと揺れる。思わず視線は揺れる物にくぎ付けだ。
「そんな、いいですよ、気にしないで……、え!? 夕食!?」
揺れる物にくぎ付けになったために、一瞬反応が遅れた。夕食って、あの小宇宙が多重展開されるってことか!? それはもはや大宇宙……。
「あ……、この間の肉じゃがは、あまりお口に合いませんでしたか?」
一瀬さんは少ししょんぼりとした表情で、俯き加減からの上目遣いで聞いてくる。
「いえ、大変美味でした!」
俺は脊髄反射でサムズアップして答えた。
「よかった! ならぜひ召し上がって行ってください」
ここで引き下がったら男じゃない。覚悟を決めろ。見た目以外は問題ない! 見た目以外はな!!
「簡単なものでごめんなさいね。おかわりもありますからぁ」
「カレーライスと、ミニサラダ……。なんですよね……?」
「……? そうですよぉ?」
2皿あるのはわかる。大き目でやや深皿が1つと、小ぶりな皿が1つ。
サラダの小鉢には、レタスやキャベツの千切り、トマトが乗っている。そこまではいい。それはサラダであると主張している。だがドレッシングが問題だ。なぜ赤と青のマーブル模様を形成しているのだろうか。現在進行形で渦巻いている。あのドレッシングの先にはどのような宇宙が広がっているのか……。
だが、サラダはサラダとしての体をギリギリ踏み外している程度だ。野菜が存在している以上、サラダとして認識することは不可能ではない。問題は"カレーライス"と称された皿だ。そこには緑と黒のスライムが太極図のように皿に収まっていた。どっちがご飯でどっちがルーだ? なによりも恐ろしいのは、この2匹、俺を見ている。めちゃくちゃ凝視してくる。スライムって目があるんだな……。カレーをのぞく時、カレーもまたこちらをのぞいているのだ……、ってやかましいわ!
「カレールー」
黒いスライムが俺を睨みつける。
「ご飯」
緑のスライムが俺を睨みつける。
緑がご飯で黒がカレールーらしい。
「ちょっと隠し味が入れてあるので、お口に合うといいんですけどぉ」
隠し味……だと!? これに何かを隠す要素があるのか!? むしろ隠れる隠れないなんて次元の話ではないのでは?
いや、一度は通過した道だ! 俺ならいける!!
俺はスプーンを持ち、カレー(?)に向けて近づける。カレーは俺のスプーンを凝視し、目を見張る。
『お前、我らを食おうというのか?』
な、声が!?
『お前の力ごときで、我らを制することができるとでも?』
『お前らこそ知らないんじゃないのか? 俺は既に肉じゃがを食らったぞ』
『ふ、奴など我らが闇の眷属の中でも最弱』
『だとしても! 俺にも負けられない戦いがある!』
『若いな……、だがそんな若造も嫌いではない。よかろう、ならば食らってみせろ』
『言われなくても!!』
などというやり取りがあるわけじゃないが、カレーの目には俺を認める光が宿ったように見えた。俺は強い意志を籠める。
「いただきます!」
カレーは3杯食べた。
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