第4話 エスカレート
—1—
質問コーナー用の質問をSNSで募集した翌日。
いつも通り満員電車に揺られ、高校がある最寄りの駅まで向かっていると私のお尻に何かが触れた。
満員電車で身動きが取れないからカバンか何かが触れたんだろう。
初めはそう思った。
しかし、その何かは私のお尻を執拗に撫で回し始めたのだ。
痴漢だ。
同じ時間帯の電車に乗って登校している友達の中でも痴漢被害に遭ったことがあると言っていた人は少なくない。多分常習犯がいるのだろう。
それにしても実際痴漢に遭ったら声が出せなくなると聞いたことがあるけど、本当だった。声も出せないし、体も強張って動かない。
隣のサラリーマンに視線を送って助けを求めてみたが、スマホでSNSを見ていて私の視線に気が付かない。
私のお尻を触るごつごつとした手がスカートの中に入ってこようとした瞬間、電車の扉が開いた。
まだ目的の駅じゃなかったけど、痴漢野郎から逃げるために電車から降りようとしたら私の後ろにいた男に肩で思いっきり押された。
その衝撃で私は横によろけた。中学までバスケ部で体幹を鍛えていたので転ばずにすんだが肩がズキズキと痛い。
「逃げようとしても無駄だよ」
私を突き飛ばした男が私の耳元でそう囁いた。
私は男の顔を見て驚いた。昨日、家の外にいた男と同一人物だったから。アカウント名『豚の勇者』。この時は『豚の勇者4』だったかな。
私は男から離れるべく、急いで電車から飛び降りた。
—2—
痴漢被害に遭った次の日。学校のお昼休み。
教室内がざわざわと騒がしくなった。普段もわいわいがやがや楽しい雰囲気が流れているけど、今日のこの雰囲気はどこか違うと私の直感が判断した。
なぜか皆私の顔色を窺うようにチラチラと見てくる。
そして、ひそひそとグループで何やら話をしている。どのグループも声が小さくて会話の内容までは分からない。
「ね、ねえ、皆何か話してるみたいだけど何かあったの?」
私はこの空気に耐えられなくなり、掃除の時間にミソラチャンネルのことを話題に出していた同じ班の女子3人組に訊いてみた。
「えっと……」
女子3人組は困ったように顔を見合わせ、机の上に置かれていたスマホに目を落とした。
「なにこれ?」
そこには1枚の写真が映し出されていた。
私と50代くらいのおじさんがホテルから出てくるところだった。
「ミソラちゃんが援交してるってSNSで拡散されてて……」
「私はそんなことしてない」
今の時代、誰でも手軽に写真や動画の編集ができてしまう。
便利な世の中になったが、その一方で写真を上手く切り取って相手を陥れるようなフェイク画像を作る人が出てきた。
そういった画像はSNSなどに投稿され、物凄い勢いで拡散されていく。
ターゲットにされやすいのは、芸能人などある程度名前が売れている人であることが多い。最近では動画投稿者もターゲットにされることがある。
まさか、自分が標的にされる日が来るとは。
クラスメイトの視線がチクリと肌に刺さる。やってもいないことであること無いこと言われなきゃいけないなんて。
昨日の痴漢被害のこともあってメンタルが結構やられてる。
「ミソラちゃん?」
「私はやってない。やってないのに」
私は通学鞄を手に取って教室を後にした。
昇降口で外靴に履き替え、スマホの電源を入れてSNSを開いた。
コメントやいいねが届いていることを知らせる通知の数が普段の5倍以上になっていた。
全部クラスでも話題になっていたフェイク画像についてだ。
「一体誰がこんな画像を」
私はフェイク画像を投稿した張本人を突き止めるべく、検索機能に【ミソラ 援助交際】と入力して検索をかけた。
自分で入力しておきながら吐き気がする。
「やっぱり
薄々そうなんじゃないかとは思っていた。
私に動画投稿を辞めるように言ってきた『豚の勇者』がフェイク画像をばら撒いた犯人だった。
このままじゃ命の危険も考えられる。
近くに住んでいるみたいだし、次に何をされるか分からない。
学校からの帰り道、電車の中で知らない人に指を差されて笑われたり、道端でチャラい男の人に声を掛けられて無理矢理ホテルに連れて行かれそうになった。
時間が経つにつれて『豚の勇者』の投稿がさらに拡散されていく。
家の外に私の居場所がなくなった。安全と言える場所がなくなった。
こうも人は簡単に追い込まれていくのか。
次の日、私は学校を休んだ。
—3—
親には体調が悪いからと言って学校を休んだ。親に嘘をつくのは胸が痛いな。
(ごめんなさい)
心の中で謝った。
太陽が昇っているのにベッドの上にいるという不思議な感覚。
私はこれからのことについて考えていた。
親に迷惑と心配をかけるからいつまでもこの生活は続けられない。
かといって外には怖くて出られない。
全てはSNSに届いた1件のコメントから始まった。
【
今でも一言一句はっきりと覚えている。
動画投稿という形で大衆に露出をすれば、知らないところで恨みを買われることもある。それは理解していたつもりだ。
好きで始めたことがこんな結果を生むなんて。
私が悪いの?
私が動画を公開しなければよかった?
警察に相談していれば結果は変わっていただろうか?
相談したところで取り合ってくれただろうか?
今となっては分からない。
ここまで来てしまったらここからどうするか考えないと。
この狂気的なストーカーと私はどう戦えばいいのだろうか。
全ての始まりはSNS、ネット、動画。
いつも画面の向こうにいる
1枚の悪意ある写真で
正直に助けを求める。
助けが欲しかったら「助けて」と叫べばいいんだ。
今の私にはそれしかできないから。
「んっ?」
ピンポーン、と家のチャイムが鳴った。
両親は仕事に行っていていないから1階に下りてドアホンのモニターを確認した。
モニターを見た瞬間、指先から体の内部まで一気に冷えていくのが分かった。
『豚の勇者』がカメラに向かって手を振っていたのだ。まるで私がモニターを見ていることが分かっているみたいに。
「何なの、何がしたいの? 私の人生を滅茶苦茶にして。私はあんたを絶対に許さない」
私は誰もいないリビングでモニターに映る『豚の勇者』に向かってそう呟いた。
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