Ѵisit the labo 1 чears later





 あれっ。

 君、いつからそこにいたの?









 ああ、あまり大きな声を出さないでくれるかな。ありがとう。今、眠ったところなんだ……博士は一度夢中になると仮眠もとらないからね、ようやく一段落して、休まれたところなんだよ。だから、君が静かにしてくれていると、僕はとても助かるんだ。まあ、それにしても、君、音もなくここに入ってきたけれど、本当にいつからそこにいたの? 


 僕? 


 ああ……まあ、よくいわれる。僕は研究所の研究員の中でも、かなり年若いほうだし。「誰それ博士のお子さんか?」なんて、しょっちゅう聞かれる。でも違う。僕は立派な一研究員だよ。まあ見た目には、12歳だけど……そして中身も。でも、この特別な白衣を見てよ。これは正式に配属された研究員しか着ることを許されないんだ。

 ああ、そんな見つめなくても。わかってる。「なぜそんな若いのに働いてるんだ」って言いたいんだろ? あのね……これはまあ、仕方ないことなんだよ。立ち話もなんだし、どうぞこのソファにでも座って? あ……そう。そんなに立っていたいなら、別に止めないよ。僕は座るけどね。


 で、なんで働いてるかっていうと、僕は孤児なんだよね。養子縁組で家族はできたけど、まあ、平たく言ってあまり愛されてはいない。でもそりゃ仕方ないことだよね、だって、血も繋がってないもの。無理もないよ。赤の他人を理由もなくただ「息子だ」ってだけで難なく愛せたら、その人は聖人さ。

 前の家みたいに、腹いせに殴ったり蹴ったりしてこないだけ、かなり立派な家族だと僕は思うよ。


 とにかくそういうわけで僕は、なるべく早く成長して、独り立ちしたいのさ。だから死に物狂いで勉強に打ち込んで、できるだけ高給の仕事に就けるように頑張った。それで、今の僕があるってわけ。ここで研究員としてキャリアを積めば、ゆくゆくは博士になれるルートもあるらしいし、まあ、万事順調だね。失礼、ちょっとコーヒーを淹れてきてもいいかな? 君もどう? コーヒーポットにつくりたてのがあるから……あー、はい、要らないのね。


 はいはい、戻りました。今戻りましたよ。おいしいカフェラテをつくってきました。君に飲ませられないのが残念だよ、うん。


 それにしても、君、今は博士が寝てるからいいけど、一体ここに何しに来たの? ずーっと黙ってこっちを見ているだけって……よほど暇なんだね。さては働いてないんだろ。ん? あ、もしかして君って博士の知り合いだったり? すみませんすみません、どうか今の失礼な発言は忘れて下さい……なーんて、そんなわけないか。

 僕も半年ここで働いているから、さすがにわかってる。クレンプルゼッツァー博士を訪ねてくる人間は限られてるし、偏屈な博士には友達なんていない。この僕を除いては。

 え? いやそりゃほら、いくら年が離れていたって、友達になれないことはないよね。なんでそんな見つめてくるの? 君、友達いないのか? あるいは友達という言葉の意味を教わってない? 可哀想に……。


 まあとはいえ、君の気持ちはわからないでもないぞ。博士はかなり偏った人間だし、とっつきにくいし、愛想なんて皆無だ。もし君が博士の人格を少しでも知っているのなら、おそらく「こんな奴とは間違っても友達になれない」と思っているかもね。かくいう僕も、はじめはそう思った。「このクソ科学者、その地位すぐに奪ってやるからな」って思ってたし、まあぶっちゃけ今も思ってる。だから別に、友人らしく博士のいいところを並べ立てて弁護をするつもりもないんだけど、うーん……なんていったらいいのかな。


 たとえばこの世界の大体の連中は、僕に子どもらしくあることを求めてくる。


 ほとんどの場合「君のためを思って」なんて、気味の悪い文句を添えてね。信じがたいことだけど、「12歳の少年は半袖に短パンを着て、はつらつとした笑顔で、ときどき斜に構えていても心の中には純粋な夢を持ち、馬鹿な犬みたいにそこらをくるくる駆け回るべきだ」って、直接にしろ遠回しにしろ、そう言ってくる連中はかなり多い。僕のあるがままの生き様について、そのままを受け入れようとしてくれる人間は少ない。大抵は勝手に不要な邪推をするか、「君を見ていると心配になる」とひどく思わせぶりでありがたいご忠言をくれる。でも、どうしてただ「見ていて不安になるから」という理由だけでこちらの行動を規定されなきゃいけないんだろう? 責任をとってくれるとでもいうのか? 断言しても良いけど、連中は言うだけ言って、責任をとるなんてそんなつもりは毛頭ないのさ。ただ言葉を発したいだけ。自分の行動で世界に変化をもたらしたいだけなのさ。力を持たず、自己有用感に飢えている彼らには、それが悪い変化だって一向に構わないんだろう。

 

 僕の言いたいことがわかるだろ? 


 つまり博士は、僕に「子どもらしくあれ」と強要してくることのない唯一の大人なんだ。ただ他人に無関心なだけかもしれないけど、それでも、そのことを含めて僕らには共通点が多い。論理的にいっても、人と人とが友達になるにはそういうことが重要なんだろう? 子どもは子どもらしくしていろってたまに言わないこともないけど、博士に言われるときはあまり不快じゃない。



 だからね、僕と博士は一応友達なんだ。




 僕の名前? 

 僕は……ダニエル。ダニエル・エドワーズ。



 

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