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 無事車に辿り着いて全員が乗り込み、運転手が不思議そうな顔をしつつも車を走らせたところでようやく一心地着いた。ジルベールが車に備えられていた水の入った瓶を全員に渡すと、走り通しだった4人は喉を鳴らしてそれを飲んだ。


「…で、こうなった理由を教えてくれよ。ハンス。」

 クリスは水を飲むのもそこそこに、ハンスに事の顛末を聞きたがった。

「ああ、そうだよな。お前らを巻き込んで本当に悪かったよ。こうなるはずじゃなかったんだけど…。」

「ゾフィーはあの国防長官の息子と政略結婚でもさせられそうになったのか?」

 バツの悪い顔をするハンスに対し、勘づいたクリスが核心をついた。ハンスはなんとなくゾフィーの表情を確認してから答えた。


「…まぁ、そんなところだ。少し前にその情報を聞いてから、なんとか阻止しようと思ってた。本人たちが会う前にゾフィーだけこっそり連れ出せばいいと思ってたんだけど、入り口のところで義兄が見張ってて、止められてさ。強引に突破したんだけどもう遅くてー。」

「…それでいきなりゾフィーを連れ去ったのか。他にやり方無かったのかよ?あいつ、相当キレてたぜ。」

 クリスが半分呆れて言った。だがジルベールが庇うように口を挟んだ。

「いや、あのバカ息子からゾフィーを無理やり引き離そうとしたならどっちみち喧嘩になってただろうな。あいつ、政界でも相当評判悪いぜ。パーティーでも毎回違う女連れてて酒癖も悪いってな。…それよりゾフィー、何もされなかったか?」

 ジルベールは心配そうにゾフィーの顔を確認した。

「私は大丈夫。強引に部屋へ連れて行かれそうになったんだけど、そのとき突然お兄ちゃんが現れて私を連れ出してくれたの。」

「まじかよ…!?あいつ、噂通り相当な下衆野郎だな!…そんな状況なら、実はあの方法が一番被害が少なかったかもな。一瞬だったから周りは何が起こったかよく分かってなかっただろ。」


 ジルベールはゾフィーが助かったことにほっとして笑みをこぼした。それを聞いた3人も少し安心した気持ちになった。だが次の瞬間、ジルベールがハンスを見て表情を変えた。

「…おい、お前右利きだよな?なんで左手で飲んでる?」

 クリスとゾフィーもぱっとハンスを見た。ハンスは少しぎくっとした顔で言い訳した。

「いや、義兄ともめたときにちょっと右腕をやられて…、でも大丈夫。大した事ないよ。」

 その焦った様子を不審に感じたクリスは、ふいにハンスの右腕をバッとまくりあげた。

「いてっ!」ハンスは瞬間的な痛みに顔をしかめた。

「なんだよこれ…!?」

 紫色に腫れ上がったハンスの右腕を見て、クリスは思わず声をあげた。

「お兄ちゃんこれ…ひどい内出血!痛みがあるのなら、もしかしたら骨に異常があるかも…。」

ゾフィーは自分のせいで兄が怪我をしたと感じてショックを受けた。しかも大事なレースが近いこの時期に…


「お前、怪我したのならすぐに言えよ!レースはたったの10日後だぞ!?」

ジルベールはつい大きな声を出したが、すぐに反省して気持ちを落ち着かせた。

「…すまん、必死でゾフィーを守ってくれたのに。でもこの怪我、すぐに医者に見せないと。」

「いや、それはまずい。病院から学校に怪我のことがバレたら出場を取り消されるかもしれない。」

 ハンスはきっぱりと言った。

「でもこのまま放っておいて操縦桿が握れなくなったら元も子もないだろ。何とかして治療しないと…。」

クリスは心配そうに怪我を確認した。大きく腫れた患部はハンスの細い腕を変形させていた。


「そうだ、確かイアンの家は病院だろう?一度だけあいつの兄貴に会ったことがあるが、結構年が離れてて当時は医学部の学生だった。今はもう医者になってるはずだ。もしかしたらこっそり診てくれるかもしれん。」

 ジルベールの意見が採用され、とりあえずこのままイアンの家に向かうことになった。ゾフィーはどうかレースまでにハンスの傷が治ってほしいと祈るような気持ちだった。

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