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ゾフィーが顔を上げると、たった数メートル先にここにはいないはずの兄が息を切らしながら立っていた。
「…お兄ちゃん!?」
突然のことに理解が追いつかず、ゾフィーは呆然と兄の顔を見た。
「こっちへ来い、走るぞ。」
周りが反応する前に、ハンスはゾフィーの手首を掴んで走り出した。アドルフは一瞬唖然としていたが、ゾフィーの腰から手が離れた瞬間、「おい!待て!!」と後ろで声を張り上げていた。
その声を無視する形で、二人は開いていた窓側のガラス戸からテラスへ出た。
テラスから向こうはホールの光が届かない、暗い庭が広がっている。ハンスはそのまま庭へ飛び出し、暗い木々の茂みへ向かって走った。
…問題はこの先だ。門を出るにはレセプションの警備を突破しなくてはならない。普通の参列者を装えばもちろん門を出ることはできるが、そのために足をゆるめればすぐに追っ手が追いつくだろう。
「お兄ちゃん!あれ!!」
ゾフィーが庭の左側の塀の手前で木々が隙間なく植えられているあたりを指差した。その先では二人の人間がこちらに向かって手を振っているように見える。暗い中目を凝らしてよく見ると、その人物はクリスとジルベールだった。
「こっちへ!」
二人の方へ近づくと、クリスがハンスたちを誘導した。4人は声もなく木々の茂みに隠れながら塀沿いを走り、塀の途中の木の陰にひっそりとあった小さな木製の扉がある所で反対側に出て、すぐにそのドアを閉めた。
全員はぁはぁと息を切らしながらその場にしゃがみ込んだ。するとすぐにクリスが息を整えて口を開いた。
「…この扉は普通には知られてないから、すぐには見つからないだろう。他の出入り口は正面の門しかないから、出ようとしたらどうせレセプションで引っかかると思って油断してるだろうしな。」
ハンスはそれを聞いて少し安心した。
「すまん、助かった…。でも何でお前らここにいるんだ?やっぱりあの声はお前だったのか、クリス?」
「ああ。偶然だったけどな。シエラたちと一緒にテラスに出てたら、入り口の方で大きな声がしたから何かと思ってよく見たら、お前が誰かともめてたからさ。」
「そうか…、そのおかげで助かった。ジルベールはゾフィーと一緒にいなかったのか?」
「…俺は親父に挨拶回りさせられてたら、突然お前がゾフィーを呼ぶ声が聞こえて驚いたんだ。声の方を見ても人垣でわからなかったから、掻き分けて前に出ようとしたらクリスに声を掛けられて…」言いながらジルベールはクリスを見た。
「俺はハンスが相手をかわして玄関から入って行ったのがわかったから、この会場に来ようとしてるんだと思って、慌ててテラスから中に入ったんだ。すぐそこにジルベールの姿が見えたから、知らせようと思った瞬間にホールにお前が入ってきてゾフィーを連れて行った。それで急いでジルベールを呼んで一緒に先回りしたんだ。」
「そうか…危なかったな。偶然が重なって助かったのか。」
ハンスは少しほっとして笑ったが、ゾフィーはやっと息を整えて混乱したまま口を開いた。
「お兄ちゃん、ありがとう…助けてくれて。…でもなんでここにいるの?」
それを聞いたクリスは怪訝な顔でハンスを見た。
「一体何があったんだよ、ハンス。ゾフィーのそばにいたのは国防長官の息子じゃなかったか?俺も一度挨拶した覚えがある。あいつ、ゾフィーに何かしたのか?」
だがその答えはジルベールが冷静な意見に遮られた。
「聞きたいのはわかるけどとりあえず今はここを出ようぜ。 ヴィクトワール宮の方に俺の車がある。親父のとは別だから、とりあえずそれに乗ってここから離れよう。」
ジルベールの言葉に全員が頷いて、4人は再び黙って走り出した。宮殿の中の迷路のような裏道を通り、暗闇の中をヴィクトワール宮の方へ走り抜けて行った。
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