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 会場中央あたりの窓際まで連れて行かれ、腕を離されたゾフィーは咄嗟にヨーゼフの後ろに隠れるようにして様子を見た。そこでは軍服を着た恰幅の良い初老の男性が、やはり軍服を着た男性や正装したタキシード姿の男性たちとワインを片手に談笑していた。

 ゾフィーはその初老の男性の顔に見覚えがあった。以前新聞で写真を見たことがある。確か国防長長官のー

「失礼いたします。お待たせしました、バルツァレク長官。こちらが娘のゾフィーです。」


 よそいきの顔をしたヨーゼフが後ろに控えていたゾフィーの背中を軽く押し、バルツァレク国防長官の前に差し出した。

「…初めまして、娘のゾフィーです。お目にかかれて光栄です。」

 なんとか笑顔をつくって最低限の挨拶をし、過度な緊張を表に出さないように注意した。

「これはこれは…、本当に美しいじゃないか。ヨーゼフ君、君の言っていた通りだな。いや、思った以上だ。」

 バルツァレクはゾフィーを見てずいぶん感心した様子だったが、当のゾフィーは商品を見定めるかのようなその目に嫌悪感を抱いた。だがヨーゼフはここぞとばかりに続けた。


「いえいえ、手前味噌で申し訳ありません。本日長官にお会いするために美しく着飾って参りました。」

「いや、自分の子供がかわいいのは当然だろう。しかし彼女は親でなくても自慢したくほどだな。早速うちの息子にも挨拶してやってくれないか。彼女なら今度こそ気に入るかもしれん。」

「それは光栄です、ぜひご挨拶させてください。ゾフィー、大切な御子息様へのお目通りを許してくださった寛大な長官に感謝しなさい。」

「…ありがとうございます。ご挨拶させていただけましたら大変光栄に存じます。」

 ゾフィーは義父の低頭で抑圧的なもの言いに義憤の念を抱きつつも、とにかく今は我慢して波風を立てずにうまくやり過ごしてしまおうと、言葉を選んでバルツァレクの機嫌をとった。


「そうか、それはよかった。…おい、アドルフ!この美しいお嬢さんがお前に挨拶してくれるそうだ。」

 アドルフ、と呼ばれたその男は、背が高くがっちりとした体格で、ゾフィーは一瞬義兄と似た印象を受けた。ヨーゼフは改めてバルツァレクに礼を述べると、ゾフィーを伴って揚々とアドルフの方へと向かった。アドルフの方は周りに数名の若い女性を引き連れていた。


「アドルフ様、初めてお目にかかります。アトリアで州議会議員をやっております、ヨーゼフ・リーデンベルクと申します。よろしければ私の娘にもご挨拶させてください。」

 ヨーゼフはアドルフの前でわざとらしい笑顔をつくった。アドルフは酒を飲んでいて上機嫌だった。

「アドルフ・バルツァレクだ。それで父の言っていたその美しい娘とやらはどこだ?」

 ヨーゼフは後ろに隠れるようにしていたゾフィーの二の腕を軽く掴み、自分の横に並ばせた。

「こちらが娘のゾフィーです。」


 それだけ言うと、ヨーゼフはゾフィーを差し出すようにして自分は一歩後ろに下がった。ゾフィーは仕方なく再び笑顔をつくって挨拶した。

「初めまして、アドルフ様。ゾフィー・リーデンベルクと申します。お目にかかれて光栄です。」

 ゾフィーはさっさとこの場から離れたい一心で、いやいやながらも無難な挨拶を絞り出した。

「ほう…これは…、本当に美しいな。…歳はいくつだ?」

 ゾフィーはその男のまるで物を見定めるような視線と失礼な物言いに、バルツァレク長官のときと同じような嫌悪感を抱いた。

「…15歳です。」

 ゾフィーは短く答えた。もっと愛想よくしなければと思っていたが、この男の前でそれを実行に移すのはかなり難しく思えた。

「15か…!若いな…!」

 男は年齢を聞いて嬉しそうに笑った。

「よかったら、二人きりで話をしないか?上に部屋を押さえてあるんだ。かつての皇女が使ったという、バロン宮で一番高貴な部屋だ。見てみたいだろう?」

「いえ、私は…」

 予想もしなかった申し出に、咄嗟に断ろうとしても何と言ったらいいかわからず焦った。するとアドルフはゾフィーではなくヨーゼフに向かって声をかけた。

「お父上、いいかな?」

「もちろんですとも、どうぞ仲良くしてやってくださいませ。もしゾフィーを気に入って頂ければ、私と致しましてはあなた様のお側に仕えさせて頂けたら大変光栄に思っております。」

 ヨーゼフは満面の笑みで答えた。その答えに満足したアドルフは不敵な笑みを浮かべて応えた。


「そうだな、俺もそろそろ本気で結婚相手を探しているところだ。」

 アドルフはゾフィーの腰に手をまわして強引に引き寄せた。体を密着させられたゾフィーはあまりの嫌悪感に鳥肌が立った。

「ちょっと…離してください!」

 つい無難にやり過ごすという当初の方針を忘れて声を上げてしまった。

「なんだ、緊張してるのか?大人しくついてこい。」

「あの…、行けません!」

 はっきりとした拒否反応をみとめると、それまで余裕を装っていたアドルフは突如表情を変えた。

「…なんだと?俺に恥をかかせるつもりか!?お前だけじゃない、親兄弟の未来も俺が握ってるんだぞ!!」

 ゾフィーは一瞬言葉を失った。兄の未来について考えたとき、どう対処すればいいかわからなくなってしまった。アドルフは逃さないぞと言わんばかりにゾフィーの腰を掴みなおした。

「来い。心配するな、やさしくしてやる。」

 ゾフィーにとって絶望的な言葉を吐きながら、アドルフは強引にゾフィーを連れて歩き出した。蒼白になりながらもどうにかして逃げなければと考えを巡らせたときだった。


「ゾフィー!!」

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