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少し前、ホールではダンスタイムに入ったところだった。
ゾフィーはジルベールと一緒に会場後方の壁際で楽しく話をしていた。時間が経つにつれて少しずつ緊張が溶け、ジルベールはだいぶゾフィーの顔を見られるようになっていた。すると、そこにジルベールの家の使用人の男がやってきた。
「お話中失礼いたします。お坊っちゃま、ご主人様がお呼びです。」
「父さんが?何だ?」
「お坊っちゃまに紹介したい方がいらっしゃるそうで。ラスキア政府の方のようですが。」
「…面倒だな。どうしても行かないとだめか?」
「申し訳ありません。ご主人様の命令は絶対ですから。ご挨拶だけですぐ済みますでしょうから、どうかお願いいたします。」
「…わかった。」
ジルベールはせっかくのゾフィーとのひと時を邪魔されるのは嫌だったが、ゾフィーにすぐ戻ると伝えてしぶしぶその場を離れた。
ジルベールの後ろ姿を見送ってから、ゾフィーはもしかしたら義父が本当に自分の結婚相手になるような人を連れて来るかもしれないと思い、落ち着かなかった。
その相手がどんな人であれ、義父にあてがわれた人と結婚するのはどう考えても嫌だった。
もしかしたら自分が引き取られたのも全てそのためだったのかもしれない。…義父ならわずか9歳だった私に対してそう考えても不思議はない。
あのときクルトおじさんに引き取られていたら、どんなに良かったかと思う。でも義父の家に行くことを決めたのは他ならぬ兄だった。
あのとき私はただ駄々をこねて大泣きしたけれど、兄にはどうしてもそうしなければならない理由があったのだろう。それはそのあといくら聞いても絶対に教えてくれなかったが、一体どうしてー。
そこまで考えて、ゾフィーはそれ以上思案するのを止めた。過去をどう悔やんだって、今の現状を変えられる訳ではない。それよりも今は義父の企みをどうかわすかが重要だ。ゾフィーは以前のハンスの言葉を思い返した。
「それでも何か言ってくるようだったらすぐ俺に言えよ。」
ゾフィーには何気ないあの言葉が嬉しかった。兄は普段は私に関心が無いようでも、やはり困った時には必ず助けてくれる。兄の言葉は昔と同じように私の胸の奥をじんわりと暖かくしてくれた。
あの言葉があったから、自分は今ここに居られる気がする。まぁ、どう逃げようとしても義父は必ず私をパーティーに参加させただろうけど…。
楽しそうにダンスを踊る恋人たちを眺めながらゾフィーが一人で考え込んでいると、ふいに後ろから肩を叩かれた。
「ゾフィー、ここにいたのか。前に言っていたお前に紹介したい方がいらっしゃってる。こちらへ来なさい。」
振り返ると片手にワインを持った義父がいつもと違うにこやかな顔で立っていた。ゾフィーは普段なら絶対に見せない叔父の表情を見て途端に嫌な予感がした。
「ほら、来るんだ。お前をお待ちかねだからな。」
ヨーゼフはゾフィーの腕を掴んで強引に連れて行った。ゾフィーは不安が現実になったかもしれないと思い一瞬顔が蒼白になったが、すぐにしっかりしなければと思い気持ちを落ち着かせた。
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