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人々が会場に集まり出した頃、ハンスはゾフィーがすでに家を出ていることを確認しつつ自分の部屋に帰って来ていた。
以前義父の秘書だという人からゾフィーの婚約者に関する情報を聞いてから、ずっとゾフィーのことは自分がなんとかしなくてはと思っていた。
事前にゾフィーに全て伝えて義父が例の人物を紹介する前に会場から消えるように言おうかとも考えたが、自分が完全に義父にとって権力を掴むための犠牲と思われていると知れば、やはり少なからずショックだろう。それにゾフィーが一人で義父の監視からうまく逃げられるかどうかも分からない。もしその挙動などから逃げようとしていることがばれたらその時点で終わりだ。
そう考えて、ハンスはやはり自分がパーティーに行って例の人物と引き合わされる前にそっとゾフィーを連れ出すのがベストだと思った。
予めジルベールやクリスに伝えておいていざというときには協力を仰ぐことも考えたが、自分の家の問題に周りを巻き込むのは嫌だった。
ハンスはマリーに頼んで正装を出してもらった。マリーはハンス様も今夜のパーティーに行かれるのですか?と聞いてきたが、いや、明日友達の誕生日パーティーがあるから…などと適当にごまかした。
マリーはそれ以上深く聞かなかったので有り難かった。ハンスはそれを着てこっそり家を出て、タクシーで会場に向かった。
会場に着くと、レセプションホールで招待者の名前がチェックされていた。ハンスはそんなこともあるということがすっかり抜けていたので一瞬焦ったが、結局そのまま自分の名前を言った。
当然招待リストにはなかったが、招待客の一人である父のヨーゼフに突然呼ばれて、と理由をつけて、自分の学生証を見せたら通してくれた。
ゾフィーをうまく連れ出せた後にもし出席者の名前を確認されたら自分がやったということが確実にバレるが、そうでなくてもどうせ俺がやったと考えるだろうと思って開き直った。
門を出て広い庭園を通り、バロン宮の大きな扉の前まで来た。パーティーの開始時間は過ぎていたので、ドアは一旦閉められている。
大きな鉄の取っ手を掴んで木製の重厚なドアを開けようとすると、開きかけたドアを突然後ろから強い力でガチャンと押さえつけられた。
何事かと思って振り返ると、そこにいたのは義兄のフリードリヒだった。
「義兄さん…」
ハンスは驚いて背の高い義兄を見上げながらつぶやいた。
「何やってる。どうしてここへ来た?お前はパーティーには参加しないはずだろう?」
フリードリヒはいつものごとく蔑むような目でハンスを見た。
「…友達と約束したんだ。義兄さんには関係ないだろ?通してくれ。」
ハンスは目的を悟られないようさっと義兄から目を逸らし、再び立派なノブに手をかけてドアを開けようとした。するとフリードリヒは突然その腕を掴んで強引に引っ張った。
「何するんだよ!?」
ハンスは腕を掴まれたまま義兄を睨んだ。フリードリヒは昔から武術を嗜んでいて体格もかなりでかい。そんな義兄に強く掴まれたハンスの右腕がぎしっと音をたてるようにきしんだ。するとフリードリヒは薄笑いを浮かべながら言った。
「お前のことだ、どうせよからぬことでも企んでいるんだろう。こういう場が嫌いなくせにわざわざ来たということは、何か特別な目的があってに違いない。…例えばゾフィーと婚約者との間を邪魔するとかな。」
ばれていたのか、と思った。一瞬あの秘書が漏らしたのかとも思ったが、そうでなくても俺が来ることは想定済みだったのだろう。でなければわざわざここで義兄が見張り役をやっているはずがない。
「離せよ!!お前らにいいようにさせてたまるか。ゾフィーは権力を手に入れるための駒じゃない!」
掴まれた腕を引いて離そうとしたが、フリードリヒはその腕を一気にハンスの背中側に持っていき、もう一方の手で素早く首すじを抑えた。ハンスは一瞬で身動きが取れなくなり、後ろ手に捩じ上げられた腕が悲鳴をあげた。
「…右が利き腕だな。トゥラディアは確か10日後か?今年もチャンピオンシップに出るそうだな。」
義兄はハンスを押さえ込んだまま意地悪く笑った。
「…おい…!…離せ…!!」
必死に振り払おうとするが、義兄の鍛え上げられた太い腕が完全にハンスの右腕を押さえ込んでびくともしない。あまりの痛みで声をあげずに耐えるのがやっとの状態だった。
「俺から出場祝いのプレゼントだ…操縦桿を握れなくしてやるよ!」
義兄がさらに力を込めた瞬間、遠くから大きな声がした。
「ハンス!?」
一瞬だけ腕を掴む力が弱まるのを感じて、ハンスはその隙を逃さずさっと体をよじり義兄の拘束から逃れると同時に、履いていた革靴で思いっきり急所に一撃を入れてやった。フリードリヒは苦しそうに患部を抑えながら倒れ、その間にハンスは勢いよくドアを開けて本殿に入った。
ロビーにはきらびやかな衣装を着た参加者が数人いたが、会場となっているダンスホールは右側の廊下の先にあるようだった。ハンスは走って一目散にホールへ向かった。
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