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喧嘩を止めたのはゼミの担任のクラメル先生だった。二人は一瞬停止したが、すぐにむすっとした顔でそっぽを向いて席に座った。
「お前達、熱心なのは良いんだが…、毎度レースのことになると熱くなりすぎだ。」
クラメル先生はため息をつきながら二人を見た。気づけば他のグループも全員がこちらを見ていた。
「おい、二人とも仲良くしろよ!レースまでに仲間割れされたんじゃたまんねぇ。」
「そうだそうだ、今度こそ優勝期待してるんだからな!」
他のグループの何人かがそう言って笑いながら二人を冷やかしたが、二人は黙ってそっぽを向いたままだった。
「どれ、今度はどんなアイディアなんだ?」
そんな二人をよそにクラメル先生はハンスが描いた設計図のラフを覗き込んだ。
「表面蒸気冷却方式か…!?こりゃあまた難儀な…。」
先生は少し驚いた様子で設計図を手に取り、しばらくその内容を詳細に確認していた。
「…うん、お前達が手がけるにはかなり難しい仕事になるだろう。だがハンス、設計自体はなかなか良くできてる。ちゃんと蒸気を逃さないための工夫も見られるしな。相変わらずパイロットにしておくには勿体無い腕前だ。俺が担任なら間違いなく大学は設計科を勧めるがな。」
先生はハンスを見て柔らかく笑った。
「いや、俺は…」
「ああ、そうか、次のレースはパイロット試験を兼ねてるんだっけか。…念願のパイロットになるんだな。」
言われてハンスはこくりと頷いた。ハンスたちがヴィルから試験の情報を聞いた5日後には、ラスキア空軍より正式にパイロット試験の実施が公布されていた。
「先生、こいつを調子に乗らせないでくださいよ!!作るのは俺たちなんだから…今回は時間もないし。大体お前は何でも無茶し過ぎなんだよ!安全策を取ろうって頭がまるで無い。過去に大きな事故だって起こしてるんだ、少しは学習しろよ!」
「挑戦しなけりゃ成長できないだろ!安全策を取ったって優勝できなきゃ意味がない。少しでも可能性があるならまずはやってみないとー」
「だからそれで事故ったらどうするんだって言ってるんだよ!お前は自分が不死身だとでも思ってんのか!?」
「はいはい、それまで!」
再び先生に止められ、ようやく二人は黙った。するとレイがゆっくりと口を開いた。
「ハンスの気持ちは分かるよ。もしこれが成功したらかなり優勝が射程距離圏内に入ってくると思う。でも、やっぱり過去に作られた機体の資料がないと、技術的に難しいよ。表面蒸気冷却方式を採用するかどうかは、その資料を確認してから判断するしかないと思う。」
冷静なレイの意見にようやく安心したイアンが口を開いた。
「過去にアトリアで作られた試作機って、確かメルクシュナイダー社のMe029だよね?」
「何体かあるはずだけど、Me029はその中でもかなりいいところまでいった機体だ。テスト飛行で当時の100km周回区間の世界速度記録である754.97km/hを出している。」
相変わらずレイの航空機に対する知識はかなり広い。すると先生が思いついたように口を開いた。
「メルクシュナイダー社か…、じゃあメルクシュナイダー社にMe029の資料を見せて貰えないか聞いてみるか?先生はメルクシュナイダー社のライバルであるハインリヒ社出身だが、メルクシュナイダー社にも知り合いがいるから、一度聞いてみてやろう。」
「ほんと!?ありがとう、先生!」
ハンスは一転して嬉しそうな顔でぱっと顔を上げた。
「おい、その資料を確認して俺たちが難しいと判断したらきっぱりと諦めろよ!いつまでも駄々をこねるんじゃねぇぞ。」
ジルベールが口をすっぱくして注意したが、ハンスはすでに期待に胸を膨らませていた。
「わかったよ、約束する!許可が出たらみんなで確認しに行こうぜ!」
ハンスが笑顔で応えたところで、授業の終わりのベルが鳴った。
ジルベールはまだ少し不満気だったが、5人は再度クラメル先生にできるだけ早く資料を見せてもらえるようにメルクシュナイダー社に連絡を取ってほしいという旨を丁寧にお願いしてから教室を出た。
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