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 その二日後、早くもメルクシュナイダー社から資料を見せてもいいとの返事が来た。


 アトリアの大手航空機メーカーの一つであるメルクシュナイダー社は、他の大手と同じように上層部には航空学校出身者がたくさんいる。そのため、基本的に航空学校に対しては好意的かつ協力的なのだ。もちろん優秀な技術者を育てることは自分たちの会社にとってもプラスになることでもあるため、普段から授業で使用する航空機関連の機器やパーツを提供したり、学校から実習生を受け入れたりということも積極的に行なっている。


 ハンスたちはクラメル先生の引率により、早速チーム全員でメルクシュナイダー社にやってきた。

 普段実習授業以外では航空機メーカーの工場に入れることはないので、全員若干わくわくした気持ちで工場を入った。

 すぐ右脇にある階段を上り、工場西側のオフィス棟部分に足を踏み入れる。

 階段を上がった先の廊下の窓から見える航空機製造現場では、メルクシュナイダー社の主力商品であるcf109が何体も同時に製作されていた。


「すげぇ、これだけ大量の戦闘機を見れる機会も中々無いな。cf109はラスキア空軍の主力機だもんな。」

 窓に張り付いて下の様子を眺めていたエリックが興奮して声をあげた。

「cf109は現時点で歴史上最も生産量の多い機体だからね。他の会社もライセンス契約で同じ機体を大量生産してるし。」

 レイがいつものごとく冷静に解説に講じる。

「エリック、アルバート、あんまりじろじろ見るなよ!工員がこっち見てるぞ。仕事の邪魔になるだろ。」

 珍しくジャンが真面目に注意した。

 9人とも学校の制服を着ているので、工場の中ではよく目立つ。先を歩いていたクリスもジャンと同じ気持ちで、工員がヴィルと同じように自分たち航空学校の生徒に対してあまり良い感情を持っていないことを何となく感じていたので、あまり目に付くような行動は避けたかった。


「みんな、あまり窓側に立つな。先生が戻って来るまで大人しくしてろよ。」

 クリスも注意すると、エリックとアルバートは「まるで敵地にいるみたいだな…」と漏らしつつ、仕方なく窓から離れて反対側の廊下の壁に背を付けた。

 ハンスはそんなことに気づきもせず、先生が知り合いを呼んでくるから少し待て、と言ってその場を離れたときからずっと廊下の壁に背をつけて自分が描いた設計図を覗き込んでいた。


「おう、お前ら待たせたな!久しぶりにクラメルと会ったからちょっと話し込んじまった、すまんすまん。」

 廊下の奥からやけに明るい大きな声と共に現れたのは、作業着を来た工員らしき年配の男だった。背は低いが、ジャンプしてるかのように弾みのある歩き方が特徴的だった。ハンスを含めチームクルーの何人かはその姿に陽気なカエルを思い浮かべた。

 すると少し後ろからついてきたクラメル先生がその男を紹介した。


「お前たち、こちらがメルクシュナイダー社の設計主任のスタルツ・エンゲルハルト氏だ。凄腕の設計士だぞ。」

「ガハハ、凄腕だと?アトリアには本物の凄腕の設計士がごろごろいるぞ。俺はまだまだ下っ端だ!」

 一見謙遜したようにそう言いつつも、スタルツはにんまりと笑った。


「エンゲルハルトさん、今日は貴重な資料を閲覧する許可を頂きましてありがとうございます。僕たちは航空学校の代表チームの一つで、僕はチームクルーのクリス・アルベルト・デューラーです。よろしくお願いします。」

 すぐにクリスが流暢に言葉を紡いで自己紹介をし、握手のために手を差し出した。どんな場面でもこうやって自然にスマートに対応できるのがクリスなんだよな、とハンスは横でふと思った。


「スタルツでいいぞ!なんだ、男前だな。俺の若い頃にそっくりだ!さては相当モテるだろ?」

 スタルツはそう言ってまたガハハ、と笑いながら勢いよくクリスの手を握った。ハンスはスタルツの外見から、クリスが俺の若い頃にそっくり、というセリフだけは嘘だなと思った。


「よし、パイロットはどいつだ?うちの代表パイロットのヴィルがやけに目の敵にしてるようだが…さてはお前だな!?」

 スタルツは近くにいたジャンを指差した。

「いえ、違います。チームクルーのジャン・ド・ジラルデです。」

 ジャンはあっさりと答えながらスタルツと握手をした。

 するとスタルツは先ほどと同じようにさてはお前か!と言って今度はジルベールを指差した。そうして当てようとしては否定されるを繰り返し、最後に残ったのがハンスだった。


「やっぱりな…。お前だと思ってわざと最後にしたんだ。」

 スタルツはようやくハンスの前に手を差し出した。

「…パイロットのハンス・リーデンベルクです。」

 ハンスは絶対嘘だ、と思いながらも凄腕の設計士と握手を交わした。


「さて、ようやく全員挨拶したな。スタルツ、早速だが資料室を見せてもらってもいいか?」

 クラメル先生の言葉にスタルツはおう、と返事をすると、また特徴的な歩き方でぴょんぴょんと…ではなくすたすたと廊下の先を歩いて行った。

 全員がそれについていく中、エリックとアルバートがこっそりハンスのところに寄ってきて、お前一番パイロットっぽくないんだな!とくすくす笑った。ハンスは苦々しい顔をして小声でうるせーよ!と文句を言った。

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