3

「…賭け?」

ハンスは訝しそうにヴィルを見た。

「そうだ。チャンピオンシップに負けてパイロット試験に落ちた方は、今後軍のパイロットになることをきっぱりと諦めて、レースにも一切出場しない。」


その発言に全員が一瞬しんとしたが、すぐにクリスが半ば呆れたように声をあげた。

「なんだって…?そんな賭け、一体誰のためにやるんだ?意味がない。」

他の仲間も同じように続けた。

「クリスの言う通りだ。大体何でそんなことお前に決められなくちゃいけねーんだよ!もし今回だめでも次の試験もあるだろうし、諦める意味がわかんねぇよ。」

アルバートの反論にも、ヴィルは顔色ひとつ変えなかった。

「意味がないって?これはパイロット同士の真剣勝負だ。全てを賭けて戦う意味が、今度のレースにないって言うのか?お前らの自信と覚悟はそんなもんかよ!?」

 ハンスは微動だにせずにまっすぐヴィルを見つめていたが、一呼吸置いてからゆっくりと口を開いた。


「…いいぜ。賭けてやる。」

その言葉に驚いたのはクリスだけではない。全員がハンスの正気を疑ったが、中でも一番驚いたのはクリスだった。

「ハンス!?」

問い質そうとしてもハンスはクリスの方を見なかったので、クリスは思わずハンスの両肩を掴んだ。

「何言ってるんだよ!?今度のレースに機体の改良が間に合うかどうかもまだわからないんだぞ!パイロット試験はきっとまだチャンスはある。たった一度の挑戦がダメなら諦めるなんて本気で言ってるのか?お前らしくもない…」

うまく言葉にできなくても問いかけずにはいられなかった。ハンスがこの目標をずっと大切にしてきたことを最もよく知っているのがクリスだった。

 亡き父親の影を追っているのだということも、言葉にせずとも分かっていた。だがハンスはクリスの目を見てはっきりと告げた。

「俺は本気だ。次のレースで軍のパイロットになれなかったらきっぱり諦める。レースにも出ない。」

「なんで…!」クリスは説得しようとして言葉に詰まった。ハンスのまっすぐな目を見ると何も出てこなかった。ハンスは一度決めたことを絶対に曲げない。皮肉なことにその性質を最もよく分かっているのもまたクリスだった。


「その言葉、もう撤回できないぞ。」

確認するようにそれだけ言うと、ヴィルは踵を返した。

「待てよ!お前はそれでいいのか!?苦労して手に入れたパイロットの権利を手放す気かよ!?」

撤回を求める薄い期待を込めつつジルベールが叫んだが、ヴィルは表情を変えずに振り返った。

「俺は手放すつもりはない。次のレースで勝って正式な空軍パイロットになる。」

ヴィルのものであろうバイクのエンジン音が遠ざかるのを、一同は呆然と聞いていた。その音が聞こえなくなってから、いち早く我に返ったジルベールがいきなりハンスの胸ぐらを掴んだ。


「お前…何考えてんだよ!?次のレースで勝てるって保証はないんだぞ?俺らの代表のくせに、勝手なこと言ってんじゃねぇよ!!」

そのまま思わずハンスの頬を勢いよく殴り、後ろに立っていたエリックが殴られたハンスの背中をかろうじて支えた。

「やめろ!…どうせ今は何を言っても無駄だ。」

冷静さを取り戻したクリスは諦めたようにそう言った。ハンスは血の味がする口元をぬぐいながら、真っ直ぐに殴った相手を見つめた。

「…俺は撤回しないぞ。お前らは自分たちが負けると思ってんのか?初めからそんな気持ちだったのかよ…!?」

ハンスは背中を支えていたエリックの手を外し、真っ直ぐに立つとさらに続けた。

「レースに出る学生の代表に対しては、上流階級の子供しか出られない遊びだって言う奴もいるよな。…でも俺は違う!本気で戦闘機パイロットになるつもりだし、なれると思ってる。…親父みたいな…」

最後の言葉は口の中でつぶやくように発せられたため、本人以外にも聞こえたかどうかは疑わしい。ハンスは冷静さを取り戻すよう努めながら、改めて全員を見据えた。


「俺は本気でヴィルにもゾフィーにも勝てるって思ってる。いや絶対に勝つ! …だから、お前らにも本気で一緒に戦って欲しい。」

ハンスの口から真っ直ぐに放たれたその言葉に、クリスは自分の心が羞恥の色に染まるのを知った。自分は本当の意味ではハンスを信じてなかったんだろうか?一番近くで支えているつもりだった、少なくてもついさっきまでは。

「俺は…、お前を信じてるよ。小さい頃からずっと。」

何とか最適な言葉を絞り出そうとしたが、自分でもあきれるほどありきたりなセリフしか出て来なかった。ただそのシンプルな言葉はむしろストレートに仲間へと伝わった。

「わかった…、俺だって信じてる、もちろん。3年連続で代表パイロットになって、誰より努力してるお前のことー。」

ジルベールも自分なりの言葉を探ったが、ハンスはそれを明るい声で遮った。

「とにかく手を動かそうぜ!まじで時間ねーからな。」

何事も無かったかのように笑う、そのときのハンスの気持ちを正確に推しはかるのは親友であるクリスでも難しかった。ただ一刻も早く機体の改修を終わらせてハンスが操縦の訓練に入れるようにしなければと思わせた点については、その場に居た全員の意見が一致していた。自分たちの目標を実現化するために、少年たちは決意をもって仕事を再開した。

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