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「…ヴィル?何でここに?」
クリスが素直な疑問をぶつけた。ヴィルは黒っぽい上下に片耳だけ銀のピアスをしていた。背はハンスより少し高くクリスよりは低い程度で、短髪の黒髪に青い目をした、何となく俊敏そうなイメージを持つ少年だった。
パイロットとしてはかなり優秀だが、素行面では少なくても優等生ではない。動物に例えると黒い狼を彷彿とさせる野性味があった。
「お前らにとって重大なニュースを知らせるためにわざわざ来てやったんだよ。…で、チャンピオンシップには出るんだろうな?それとも俺に負けるのが怖くてビビッてるだけか?」
「出るに決まってるだろ!そっちこそ頼むから出てくれよ。俺たちが優勝を飾る記念すべきレースになるからな!」
ハンスはヴィルを睨んですぐさま言い返した。同じ歳のヴィルは初めてレースで会ったときから何かと突っかかってくる。
ハンスとは全く環境の違う中で熾烈な競争を勝ち抜いてパイロットの座を射止めたヴィルは、レースの成績においても常にハンスの天敵とも言える相手だった。
「俺もあのゾフィーも抜いて優勝を狙ってるのか、相変わらずめでたい奴だ。やっぱりお偉い議員様の坊ちゃんは違うな!それとも親に頼んで何とかしてもらうつもりなのか?」
わざとらしくもバカにした言動にハンスはついカッとなって反射的に身を乗り出したが、クリスがそれを静止した。ただ他の仲間が黙っていなかった。
奥にいたはずのエリックとアルバートがいつの間にかこちらにやって来て、待ってましたとばかりにすぐさま反論する。
「おい、だれがお気楽だって!?その言葉そっくりそのまま返すぜ。この前のレースでたったの0.2秒タイムが早かったくらいで調子に乗るなよ!」
「わざわざ基地まで来てうるせー奴だな!文句言うひまがあったら負けて悔しがる練習でもしてこいよ!」
そんな二人の息の合った口撃に対し、ヴィルももちろん黙っていない。
「は、まさか喧嘩売ってんのか?なんならここで勝負つけるか。貧弱な坊ちゃんにその自信があるならな!」
すると今度はもともと血の気の多いジャンが前に出て叫んだ。
「先に喧嘩売って来たのはそっちだろうが!いくらでも買ってやるよ!!」
よもや殴り合いの喧嘩になるかと思われたが、すぐにクリスがジャンの肩に手をかけて再び静止した。
「やめろ。相手は一人だし、暴力沙汰になったら面倒だろ。レースに出られなくなるぞ。」
さらにヴィルに向かってあくまで冷静に続けた。
「ヴィル、わざわざ基地の場所を調べてまで喧嘩しに来たんじゃないだろ。早くその重大ニュースとやらを教えろよ。」
するとヴィルはニヤッと笑ってから口を開いた。
「…単純なことだ。次の軍のパイロット試験の実施が決まったんだ。日程はトゥラディア最終日。」
一同は耳を疑った。軍のパイロット試験が実施されるということ自体、まさに寝耳に水の話だった。
「パイロット試験…!?」
「つまりチャンピオンシップの成績で決まるってことだ。ハンス、実力もないくせに本気で戦闘機パイロットを目指しているお前にとってはまさに運命の日だな。」
ハンスはすぐに反応することができなかった。チャンピオンシップがパイロット試験を兼ねて行われたことは過去に例がない。というより、そもそも試験自体が6年前を最後に実施されてない。今アトリアから正式な空軍パイロットになるのはそれほどの狭き門となっている。
ハンスは父の背中を追ってラスキア空軍のパイロットになることを目指してきたが、もともと採用人数が数名とかなり難しかったアトリアからパイロットになる道は、近年になって試験を実施する間隔自体が開くようになり、より厳しい状況になっていた。
空軍のパイロットとは、飛行機と共に発展してきた歴史のあるアトリアにおいては誰もが憧れる職業だが、ほとんどの少年少女はある程度の年齢になると現実を知り諦めるのが普通だ。だがハンスはそんなことで諦めるはずもなかった。ずっとこのチャンスを待っていたのだ。
「まじかよ!?ハンス!やったな!!」
「6年ぶりか!?ついにチャンスがまわって来たな!」
盛り上がる仲間の声で、ハンスはやっと我に返った。そして自分の気持ちを落ち着かせるように、ヴィルに向かってゆっくりと口を開いた。
「…本当なのか?何でお前がそんなことを知ってる!?」
「俺の機体の設計主任がこっそり教えてくれたのさ。腕の立つ航空エンジニアで、軍とのつながりもあるからな。そのうち一般にも知られるだろう。」
ヴィルはアトリアの州都であるセントラルの中心街からほど近いところにある大規模な貧困街出身で、12歳で義務学校を卒業してからずっと地元の大手航空機メーカーの工場で働きつつ、ハンスと同じ14歳から会社の代表としてレースに参戦してきた。社会人パイロットとしては異例の若さでのデビューだった。
「そうか、本当なんだな。…で、何でお前はなんでわざわざそれを俺たちに伝えに来たんだ?」
クリスの問いかけに対し、ヴィルは改めてハンスを蔑むように見た。
「お前に宣言するためだ。パイロットになるのはこの俺だってな!…そのためにクソみたいな貧困街から這い上がって来たんだ。お前みたいな上流階級のお坊っちゃまには絶対負けねぇ。今もランキングで俺に負けてるくせにライバルみたいな顔しやがって。その苦労の一つも知らねぇツラ見てると虫酸が走るんだよ!」
それを聞いて再び頭に血が上ったジルベールがヴィルを睨みつけて叫んだ。
「誰が苦労の一つも知らないって!?事情も知らないくせにさっきから好き勝手言いやがって!ハンスはなぁ…」
「やめろ!」
咄嗟にハンスがジルベールの言葉を遮った。代わりにクリスが口を開く。
「ヴィル、お前が一度も勝てたことのないゾフィーはハンスの妹だぞ。お前の言う上流階級のお嬢様に毎回負けてるじゃないか。」
「ゾフィーの才能は認めてる。あいつは天才だ。ハンス、お前と違ってな。いい加減自分の才能の無さを認めろよ。お前らもよくこいつについてるな、時間の無駄だぜ。」
「うるせぇ、お前に何がわかる!用事が終わったらさっさと帰れよ!」
ジャンが怒りに任せて叫んだ。しかしヴィルは構わず続ける。
「まぁ聞け。…ハンス、ひとつ俺と賭けをしないか?」
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