三、クリス
1
クリスはいつもよりだいぶ早く学校に着いた。教室に入ってもまだ誰も来ておらず、朝の冷たい空気が広い空間を満たしていた。
教室の中央にある階段を上がって一番後ろの窓際にある自分の席に座った。席は後方になるにつれて高く設置されており、最も教室を見渡せるこの席を我ながら気に入っていた。窓の下にはぼちぼちと登校してくる生徒が見える。何となくそれを眺めつつ、クリスは昨日の夜のことを思い返していた。
昨日は楽しかった。クルトさんの家に行ったのは久しぶりだ。初めて行ったのは義務学校に入ってすぐだったか、とにかくハンスと出会って間もない頃だ。
ハンスと出会ったときのことはよく覚えている。義務学校に入って初めてのクラスで、たまたま隣の席だったハンスは、初日からすでにたくさんの人に囲まれていた。先生が教室に入ってきても幼児園から一緒らしい友達たちとわいわいと盛り上がっていて、入学早々から注意されていた。
どちらかといえば大人しいタイプだった自分には、騒々しい輪の中心にいるハンスに話しかけるのはとても難しく思えたし、一見して仲良くなれそうになかった。
だがハンスはそんなことお構いなしに、とにかく誰彼構わず話しかけていた。明らかに孤立したガリ勉タイプの男の子や、見るからに地味で目立たない女の子にも、他の子に話しかけるのと全く同じように声を掛け、一緒に笑っていた。
大人しかった自分にはまるで未知の生物のように思えたが、同時に強烈な憧れを抱いた。初めて自分から仲良くなりたいと思った相手だった。
周りの子からハンスが飛行機のことが好きだという情報を得て、こっそり飛行機について勉強し、思い切ってハンスに話しかけた。するとハンスはその明るい褐色の瞳を輝かせて聞いてくれた。それから一気に仲良くなり、自然と自他共に認める親友となった。
飛行機を通じて仲良くなってから、ハンスは一番にクルトさんを紹介してくれた。当時ハンスの父親はその仕事柄家を空けがちで、その度に妹のゾフィーと共にクルトさんの家で過ごしていた。
その中に自分も混じり、飛行機の話やいろんな話をして過ごせるのがすごく楽しくて幸せだった。ただ6年前にハンスの父親が亡くなり、父の兄だという叔父さんに引き取られてからは、そんな機会はほとんどなくなってしまったけれど。
父親が亡くなったとき、ハンスはお葬式でも涙ひとつ見せなかった。泣きじゃくる妹のゾフィーを抱え、ただ黙って軍服を着た父親の遺影を見据えていた。
そんなハンスを見ているとなぜか自分の方が泣けてきたが、それでは余計にハンスが泣けなくなると思い必死にこらえていたことを覚えている。
その後すぐ叔父さんの家で暮らすようになってからは、ハンスは自分からは決して何も言わないけれど…、自分も知らないような辛いことは沢山あったと思う。妹のゾフィーからちらっと聞いた話では、叔父さんや義兄となった従兄弟はいつもハンスに対して殊更冷たい態度を取っているということだった。
それでもハンスはその明るさを少しも失わなかった。あの強靭な精神力と何があっても失われない強い光に、出会った頃と同じような強い憧れを抱き続けている。
自分以外のハンスの友達やチームクルーのメンバーもきっとみんな同じだろう。ハンスには人を惹きつける天性の才能があると思う。真っ直ぐで純粋で、何があっても曲がらない。自分にはないその才能は、嫉妬心も抱かせないほど強烈に親友を輝かせている。それがとても嬉しく、同時に誇らしくもある。
そんなことを考えている間に、気がつくと少しずつクラスメイトが教室に入って来ていた。数人におはようと返していると、廊下の方から賑やかな声が聞こえてきた。その中心にいたのは案の定ハンスだった。
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